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リリィ・ホワベリー。
ヴァレクト・システムに入団してきたのはヨア・ゲーアハルトより後になるので、彼はヨアを【先輩】と呼ぶ。
アバターとはいえ、女の子のような顔立ちや立ち振る舞い。そして明るい立ち振る舞いに魅了されるプレイヤーや団員も少なくはなく、何人もが道を踏み外しそうになってきた。
だが、彼は……ヨアと同じく、強力なホワイトフレームの使い手である。
そして、それ以上に、ヴァレクト・システムの長であるクラヴィスの熱狂的な信者であり、他の団員とは一線を画す存在であった。
親交を深めたいと思っても、その二つの事実が必ず立ち塞がってくるのだ。
理由は分からない。
クラヴィスがホワイトフレームを彼に提供したのか、それとも元からその力を持っていたからスカウトをされたのか。
ホワイトフレームがきっかけでクラヴィスを慕うようになったのか、なにがきっかけで団長にそこまで入れ込んでいるのか。
それを知るヴァレクト・システムの団員は殆どいない。おそらくそれを知るのは、クラヴィスのみであろう。
彼の出自も感情の出所も、謎のままなのだ。
ただ、事実がそこにある。
明るく陽気で人当たりの良いリリィの奥底には、大きな恐怖が潜んでいる事。
そして……もし、クラヴィスに逆らうような真似をする輩がいるのなら、その恐怖の一端に、触れてしまう事。
「……相変わらず、団長か」
無表情なヨアの様子を気に留めるでもなく、リリィは楽しそうにうんうんと頷いた。
「当たり前だよー。僕は団長のためにしか動かないからねっ。今回の任務だって、このギルドに……クラヴィス様に反抗的なプレイヤー達の粛正だったんだもん。僕だって許せないし」
リリィは、ヴァレクト・システムとクラヴィス・ヴァレクトを同一視している。
このギルドを貶されたという事は、団長を貶されたも同然であり、粛正が必要だという事か。
治安。プレイヤーの清く正しいニューレアルでのゲームプレイを円滑に進める事が目的の、このギルドにおいてそれは絶対の正義ではない。
しかし、リリィのその歪な感覚を咎められる団員は、いないのだ。
そしてクラヴィスも、リリィのその歪さと強さを分かっているので、彼を【執行部隊】という戦闘に特化したチームの隊長を任せていた。
「ヨア先輩は、こんなところで何してるの?聞いたよー、変なフレーム使いが出たんだって?」
「……ああ。ボクも、それが終わって戻ってきたところだ」
一人称が同じだが、ヨアは調査や潜入任務のエキスパート。リリィは、戦闘に特化した部隊長。
共に、別部門でクラヴィスに最も信頼されていると言ってもいい、右腕と左腕だった。
「ふーん。で?ちゃんと粛正できたの?先輩」
「……。ああ。今、取り調べをしているところだよ」
「運営に引き渡しちゃえばいいのにー。そんな違反フレーム使っているプレイヤーなんて、さっさと永久追放しちゃえばいいんだよ。……あ、それとも【例の方法】で……廃人にしちゃうとか……クスクス」
「…………」
戦闘部隊。戦いの最前線にいるリリィは、このギルドの暗部を請け負っていると言っても過言ではない。
違反を厳しく取り締まる立場にある彼は、プレイヤーへの懲罰を執行し……それは時に、より多くの苦痛を与える事をも許可されている。
その方法。
プレイヤーへの過度のダメージは、精神的負荷の大きい事から強制ログアウトという形で逃げ道がある。
では……そうならないギリギリのダメージを与え続ける、という行為はどうか。
スタンチャージャー然り、治安維持のためにプレイヤーへのギリギリのダメージを計算して与える……という事を、このギルドの一部の人間は行っているという事をヨアは知っていた。
それが【例の方法】の一端である。
「あ、ひょっとしてクラヴィス様がそいつの取り調べしているの? じゃあ僕も行ってみよーっと♪」
「……やめておいたほうがいい。今後の対応は、団長直々に行うと伝達があった。未知のフレームの捜査だ。慎重に自ら進めたいそうだ」
「……ちぇっ。じゃあ仕方ない、かぁ……。終わるまで暇でも潰してよーかなー」
リリィはつまらなそうな顔をすると、階段を下りようとする足を止めて踵を返す。
いくら団長を敬愛していると言っても、邪魔になるような事はしない主義らしい。
シルバーフレーム使い……。ユウに関しての対応をクラヴィスが今後は全て行う、と言ったのも本当の事だった。
これ以上、ユウにこのギルドの暗部が関わるのを止めさせたいと思ったヨアは、自分でも思ってみない安堵の吐息をついた。
――すると。
「いくよ、ゼン」
「……え?」
この階段の踊り場には、ヨアとリリィしかいなかったはずだ。
薄暗い地下へと続く階段だからと言って、勘違いをしているわけがない。
だが、リリィは確かに……誰かに、声をかけた。
「……ッ!?」
階段を上っていくリリィの後に続くように……男が一人、ヨアの眼前を横切っていった。
身長は高く、180cm以上。
だが糸のように細身で、ヨア達と同じギルドの団員服を着ているものの…… 素肌の見える部分は全て、包帯で覆われていた。
手。足首。そして……顔さえも、全て。
口の部分と目の部分がほんの少し空いているだけで、表情すら読み取れない。
包帯でその顔の殆どが覆われたその男。その包帯の中央の部分には……黒の絵の具の瞳が横ではなく、縦に大きく描かれていた。
「……! ゼン……だって……!?」
そして、リリィの言葉にヨアは思い出す。
このニューレアルで、血生臭い戦場や暴力の集いの匂いを嗅ぎ分け、どこからかふと現れる謎のプレイヤーがいるという。
それは、目的を持たない。
自分を見つけ、襲いかかる者を。あるいは、標的として認識した者を。
目の前のプレイヤーが全ていなくなるまで、戦い続け……そしてまた次の戦場を探し徘徊する。
【ゼン】という名前と……それが強力なフレーム使いであるという情報を、ヨアは知っていた。
リリィは階段の上からヨアの方へと振り返り、にっこりと無垢な笑顔を見せた。
「またねー、ヨア先輩♪僕達はちょっと、周辺のパトロールでもしてくるからさ。……ふふふ」
「……シツレイ、しマス……」
リリィの後に続く包帯男、ゼンは男か女か分からないか細く掠れた声で小さくそう言って、幽霊のように階段を昇っていった。
「……分からなかった。……あいつが、いたことが……」
リリィと二人で会話をしていたと思っていたところにもう一人……ヤツが、ゼンがいた。
存在感のなさ、なんて言葉で片付けられるものではない。
見通しのいい、隠れるものなんてなにもない階段の踊り場で他のプレイヤーの姿が見えないなんて……あり得ないことだ。
ヨアは、オレンジの左眼を手で押さえながら歯を食いしばった。
(……あんなプレイヤーを、ギルドに入れたというのか……!? リリィは団長の判断無しに動くやつじゃない……。つまり、クラヴィスがゼンの存在を少なくとも認知し、許可しているということだ……!)
それは、治安維持という看板に泥を塗るような行為である。
無秩序にプレイヤーを襲うようなフレーム使いを、どうやってかリリィの配下に置いて従わせている。
その事実が、ヨアには信じられず……。
そして、かつてない屈辱を覚えたのだった。
「……こんなの、間違っている……ッ!!」
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