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「危ないっ!!」
肩を貸して団子屋の主人を起き上がらせた悠は、再度彼を突き飛ばし自分も反対方向に倒れ込む。
その間僅か数センチのところを、モンスターは飛びかかるように突進してきたのだ。
突き飛ばしていなければ、二人とも一瞬で鋭い爪と牙の餌食だったであろう。
「グウウウウ……ッ!!」
「親父さん! 這ってでも遠くに離れて!! 俺が、コイツを引きつけているから!!」
「ぼ……坊主!! そいつぁ無茶だ!! おめぇこそ……!!」
「譲り合いなんてしてたら二人とも食べられちゃうよ!! 俺の方が動けるんだから、腰が抜けてる親父さんが先に逃げた方がいいッ!!」
「で、でもよぉ……!! おめぇは……!!」
「いいからッ!!!」
叫びにも近い悠の怒号を聞き、団子屋の親父は歯を食い縛りその場から去ろうと這いずって移動を始める。
それを許すはずもないモンスターであったが…… その目の前に、大きく手を広げた悠が立ち塞がった。
「お……お前の相手は、俺だッ!! 行かせないぞ……!!」
「グルルルルルル……!!」
一歩、また一歩。
今度は突進を避けられないように、慎重にモンスターは四足をゆっくりと動かす。
「く……クロウさん……!! そこにいますかッ!? 俺がこいつを引きつけているから、その間に攻撃――」
悠は、先ほどまで自分がいた草むらの方へ視線を向ける。
……だが、そこには誰もいない。
先ほどまであんなに威圧的に自分に接していた熟練のプレイヤーは、どこかに逃げたか……あるいはどこかに隠れているらしい。
「……う……!!」
そうしている間にも、モンスターと自分との距離は狭まっていく。
もう、先ほどのスピードで突進をされたら避けられない程の距離まで……。
身体が、震える。
バーチャル空間だとは理解している。
だが……視覚には、自分より二回り大きな四足歩行の獣が、鋭い牙と爪を光らせその眼光を自分に向けている。
息づかいまで、耳に届いてきて、その発している熱すら感じるほどの……現実感。
そして、痛みがどんなものなのかも……知ってしまった。
体当たりをしただけで相当な痛みが脳に伝わった。
では……あの爪で引っかかれたら?牙を突き立てられたら?
――肉を食い破られたら……??
その想像は恐怖心となって、全身の震えへとなっていくのだった。
「ガアアアアアアッ!!!」
「う…… うわあああああああッ!!!」
襲いかかる獣。
両手を頭に被せて、強く目を閉じる悠。
そして、モンスターの太い腕と爪が、眼前へと――。
「オメーは、この世界で、なにがしたいんだ?」
「……え?」
身体が、動かない。
だが、目と口だけは動く。
先ほどまで視界に広がっていた草原や色鮮やかなモンスターの体毛は全てモノクロ色に変わっていて……。
全ての動きが、止まっていた。
まるで、時間が止まっているかのように。
「悠。オメーは、このニューレアルで、なにがしたいんだ?」
止まった時間の世界では、自分も動く事はできない。
だが、意識はその世界に取り残されている。
その意識の中に……はっきりと。耳の中に、声が聞こえた。
「ら……ラゼ? これは、いったい……?」
「質問に答えろよ、悠。お前はこの世界で何をすればいいのかを迷っていた。どうすればいいのか、なにをすべきなのかが、分からなかった」
姿は見えない。
ほんの少しの間、姿を見せなかった……この世界に着いた時に自分を導いてくれたパートナーの声はひどく懐かしいように思えた。
だがその声は、真剣に悠に問い続ける。
「誰かに、自分の選ぶ道を決めてほしかった。いつも、どんな時も。誰かが決めた道を歩いて、それに従っていたかった」
ラゼの言葉は、明らかに悠の……この世界だけではない一ノ瀬悠にも向けられていた。
「でもお前は今、無我夢中になって誰かを助けようとしている。……それは、お前が決断した道だ」
「…………」
「聞くぜ。……悠。お前は、この道を歩きたいんだな? 今、誰かを助けるために必死になっている…… この道を、歩き続けたいんだな?」
「……歩き、続ける……?」
「ああ。自分を投げ打ち、身体も、心もズタボロになろうとも…… 誰かのために戦う。この先に続く道は、そういう道だ」
「…………」
「今なら、引き返せる。間に合う。このゲームから立ち去れば……お前は平凡な日常へと戻れるんだ。……だけど……」
「……俺は……」
「悠。お前は今、どうしたいんだ?」
「……俺、は……ッ!」
何故、世界の時間は止まっているのだろう。
何故、姿を見せないラゼの声がこんなにも耳に届くのだろう。
何故、ラゼはこんな質問をするのだろう。
…………。
どうでもいい。
今、自分がすべき事は……一つのはずだから。
「……俺は…… 誰かを、助けたいんだ! だから……今、そうしている」
「痛み、苦しみ、悲しみ、絶望…… その全てを味わう。そんな道だとしても、そうするんだな。一ノ瀬悠」
「ああ! ……だから、誰かを助けるための力が、欲しい!!」
「それがお前の選ぶ道なんだな」
「それが……俺の選ぶ、ニューレアルでの……この世界での、道だ!!!」
「…………」
少しの沈黙。
そして、覚悟を決めたように、ラゼの声が大きく頭に響いた。
「 やるぜッ!! 一ノ瀬悠ッ!! 」
「グギャアアアアアアッ!!」
「え……?」
止まった時間は、動き出した。
自分に飛びかかってきたはずのモンスターは、反対の……自分から遠ざかるように、叫び声をあげながら吹き飛んでいた。
まるで車に轢かれたような衝撃だ。自分に向かっていたはずのエネルギーが正反対に働いたのだから、相当な力がそこに加わったはずである。
そして、その【力】の出所は……。
「なんだ、この光……?」
自分が。一ノ瀬悠が前に突き出した、右手から発せられたようであった。
右手首を、眩い金色の光が包み込んでいる。直視ができないような、けれどもどこか神々しく暖かい、その光。
光は段々と収束するように小さくなったかと思うと…… 一つの形を成した。
「……え? ……ラゼ……?」
それは、小さな人形のようになったラゼを、上空から見たような形をしていた。
手首に巻き付くようになったそれは、人形をつけたブレスレットのようになっている。
そして、その人形部分のラゼの瞳が紅く光る。
『やるぜ、悠! 装醒 だ!』
「そ、そうせ……なに??」
『細かい説明は抜き! 戦うんだろ? とにかくオレの言う通りにしろ!』
「あ……え……」
『オレの尻尾の部分がレバーになっている! そいつを下に引き下げろ!』
「あ……こ、これ……?」
ブレスレットについた人形のラゼには、背中の部分にくっつくように紅白色の、犬のような尻尾がついていた。
普段のラゼは、こんな風に尻尾をくっつけたりはしていない。下に垂れ下げていた……その形にしろ、ということなのだろうか。
『そしてかっこよく…… 思いっきり叫べよ! 装醒 ってなぁッ!!』
「……わ……分かった……!!」
謎の力で吹き飛ばされたモンスターは、殺意を持って再び起き上がり、体勢を整える。
再び悠に向けて突進をしようと前屈みになり…… 今にも飛びかかってきそうな状態だ。
(悩んでいる暇なんてない……! なにがなんだかさっぱりだけど…… ラゼの言う通りにするしか、ない!!)
悠は、右手首につけたラゼのブレスレットに左手で触れる。
モンスターを見据えながら体勢を低くし…… ブレスレットの人形の部分を摘まんだ。
(親父さんを助けて、アイツを倒せるのなら…… やるしかないだろ!! 一ノ瀬悠!!)
心の中で自分に対してそう叫び…… そしてその覚悟を声に変えるように、声に出しながらラゼの尻尾を引き下げた!
「装醒!!!!」
『―― 銀輝永煌!! シルバーフレーム…… イヴァレックス !!』
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