ルーデンドルフ公爵
ユリウスは今自分たちがエトワール国ではなくロレス国にいると知るなり、街の人に港の場所を尋ねた。
エトワール国は国に囲まれているため、船での移動手段がない。
歩いて国に帰るより、船で帰った方がはるかに速い。
イフェイオンは山の中でユリウスが帰ってくるのを大人しく待っている。
ユリウスは買い物を済ませてから、イフェイオンのいる場所へと戻ろうと歩き出そうとした瞬間、信じられない会話を聞いてしまった。
「そういえば、 国、もう半年も近く魔物と戦ってるらしいけど、大丈夫なのかしら?」
「あそこは、いつも魔物と戦ってるから大丈夫だろう。それに、英雄イフェイオン・ルーデンドルフ公子様がいるんだから、問題ないだろう」
「それはどうだろうな。今回は魔族も何人かいるみたいだぞ。いくら英雄でも、厳しいじゃないか?」
ユリウスの時が止まった。
彼らの言っていることが理解できなかった。
魔物?魔族?戦ってる?
自分たちがエニシダを追っている間にいったいどうしてそんなことになったのか。
いくらなんでも戦争を再開させるのが速すぎる。
前回の戦争で魔物も魔族も大量に倒した。
こちらから戦を仕掛けない限り戦争になることなどあり得ない。
ユリウスはそこまで考えてから、皇帝の顔が浮かんだ。
現皇帝なら「人間の力を汚らわしい奴らに思い知らせてやれ」と戦争を命じそうだ。
だが、そんなことをすれば困るのは自分たちだ。
イフェイオンがいないことがわかれば、魔族たちは喜んで攻めてくる。
英雄と呼ばれるようになった強さは伊達ではない。
ユリウスは嫌な予感がした。
部隊のみんなは強いが、それでも不安だった。
何より今国に帰ったとしても、イフェイオンは使い物にならない。
戦争を終わらせることなどできない。
いや、そもそも戦うことすらできないだろう。
ユリウスはその場を急いで離れ、イフェイオンの元へと向かった。
自国で魔族と魔物たちと戦争が行われていることを報告するために。
ユリウスが戻ると気配を感じたイフェイオンはゆっくりと顔を上げた。
その目は日を追うごとに、真っ黒な闇へと落ちていくかのように恐ろしさを増した。
「イフェイオン様。国が半年前から魔族と戦争しているようです。急いで帰った方がよろしいかと思います」
ユリウスは部隊のみんなの安否が気になった。
ユリウスにとって彼らは家族のようなものだった。
きっと、それはイフェイオンも同じだと思い、急いで国に帰って戦いに参加してくれると信じていた。
だが、それは違うと思い知らされた。
イフェイオンの心は思っている以上に壊れていたと。
ユリウスが国で魔族と戦争が再開されたと報告を受けるとイフェイオンの瞳は絶望の中に確かに歓喜の光が差し込んだ。
イフェイオンにとって国は既に守る価値もない存在になっていた。
自分を含め、エニシダを傷つけたものは全員死ぬべきだと思っていたのだ。
※※※
ルーデンドルフ公爵は頭を抱えていた。
イフェイオンがエニシダを追いかけて四ヶ月が経った頃、国王から呼び出された。
自分だったら良かったが、呼び出されたのはイフェイオンだった。
公爵はこの呼び出しが、また魔物討伐の命だと直感した。
それでなくても家の中の雰囲気は最悪だというのに、それ以上のものが舞い込んでこようとしている。
妻はほぼ毎日、リナリアと共にいて社交界でも常に一緒にいる。
息子が呪われた女のために家出したことを未だに受け止めきれていないようだった。
昔からプライドが高く、自分の思い通りにいかないと気が済まない性格だった。
呪われた令嬢を息子が愛しているという事実を誰にも知られたくなく、今まで通りリナリアを愛しているという噂を流していたいのだろう。
何度止めても妻は止めることはなかった。
エリカはイフェイオンが出て行ってから、ずっと部屋に閉じこもっていた。
リナリア嬢には「君には君の人生があるのだから妻のわがままに付き合わなくていい」と伝えたが、「公爵夫人にはお世話になっていますし、私がしたくてしていることですから」と言われたら、それ以上は何も言えなくなった。
本心からそう言っているのか、下心から言っているのか、公爵には判断ができなかった。
リナリアの表情は昔の愛らしかった顔から冷たくなっていた。
その原因がイフェイオンだとわかっていたが、公爵にはどうすることもできなかったし、するつもりもなかった。
今さらだが、公爵は残りの息子の人生は好きにさせたいと思っていた。
公爵も子供の頃、父親から自分の望まないことをさえられた。
歳をとるごとに、それがルーデンドルフ家に産まれた男の使命として受け入れていたが、そうしてはいけなかったのだと今ならわかる。
こんな不幸になるしかない歴史は自分の代で辞めさせるべきだと強く思った。
ようやく、そう決意した矢先に国王からの呼び出しの手紙が送られてきた。
イフェイオンが不在だと告げれば理由を話さなくてはならない。
例え嘘をついたとしても妻かリナリアの口からいずれバレてしまう。
本音を言えばこの手紙を燃やして知らないふりをしたい。
そんなことできないとわかっていても現実逃避を少しの間だけでも公爵はしたかった。
「王宮に向かう。準備を頼む」
公爵はこれまでのツケが回ってきたのだと諦念のため息を吐き、執事に命じた。




