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私達、婚約破棄しましょう  作者: 若狭巴


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過去 8


どうしてそう思ったのか、幸せな顔から一変して苦しそうにエニシダは目を閉じ、何かに耐えているように見えた。


何かあったのか、そう聞きたかったが、それを聞けば何故か二度と彼女と会うことができないと思って聞けなかった。


「どうして、ここで埋葬されたいの?」


「美しいから。ここは何もかも全てが美しいからかな」


当時この言葉を聞いた時は、孤児院の周りにはたくさんの花が咲いてあるからそう言っていると思っていた。


でも、今思うと、その言葉の本当の意味は人の心について言っていたのだろうとわかる。


「……」


イフェイオンは何も言えなかった。


たとえ喜ばせるための嘘でも、そんな嘘を言いたくなかった。


きっと彼女も嘘の優しさなど欲しくはないだろう。


どう言うのが正解なのだと悩んでいると「そろそろ行こうか。きっと、みんな待ってるから」と何事もなかったかのように笑った。


「ああ。そうだな」


イフェイオンは慰めの言葉一つ思いつかない自分に心底嫌気がさした。



時間はあっという間に過ぎ、エニシダと別れる時間が迫ってきた。


時間にすれば、たった三日だが、イフェイオンにとってこの三日間はもっとも充実して幸せだった。


「最後まで付き合ってくれてありがとう」


山を降りて、あとは別れるだけとなったときエニシダがそう言った。


「俺の方こそ感謝してる。おかげで自分が何をしたいか、するべきか、ちゃんと考えることができた」


ルーデンドルフ家の人間としてこの国の人間を守ることは当たり前。


それが、どういうことかイフェイオンはここにくるまできちんと理解していなかった。


今はどうするべきか、自分のやるべきことをきちんと理解できた。


「また、会えるか」


イフェイオンはエニシダと会えなくなるのがつらかった。


胸が苦しくなった。


明日には領地に戻るため、来年まで彼女と会えない。


いや、会える保証もない。


だから、会える保証が欲しかった。


「うん。また会おう」


エニシダはとびきりの笑顔で約束してくれた。


イフェイオンは来年もこの場所でエニシダを待ったが、彼女はこの日を最後に会うことはなかった。


最後だとわかっていたら、こんな風に別れなかったのにと後悔した。


次に彼女と再開したのは、社交界でだった。


あの頃と違い、エニシダは完璧な淑女と呼ばれる女性になっていた。


品のある所作から、もしかしたら貴族かもしれないと思っていたが、まさか今国中で最も有名なオルテル伯爵家の長女だとは夢にも思わなかったが、納得した部分もあった。


あの年齢で草薬の知識が豊富だったのは、オルテル伯爵の娘なら納得できる。


伯爵は今、国一の薬屋として有名だ。


イフェイオンたち騎士が戦場で怪我をしたとき、彼が作った薬のおかげで何度も助けられた。


今日はお礼を言おうとパーティーに参加したが、伯爵は国王に呼ばれているため、まだお礼を言えていない。


早くお礼を伝えたいが、伯爵が戻ってくる気配はない。


それまでの間、イフェイオンはエニシダに話しかけるか悩んだ。


彼女が昔と違い、すごく大人っぽくなったのと同じくらい、イフェイオンも変わった。


騎士として戦場に立つからには、自分の手が血に染まるのは当然のことだと受け入れていた。


別に恥ずかしいことでもなんでもない。


むしろ騎士としては誇らしいことだった。


自身の手が魔物の血で染まるたびに、国のために働いていると実感できるのだから。


ただ、こんな魔物の血で汚れた手の男が、宝石のように美しく輝いている彼女に話しかけたら怪我してしまうのではないかと不安になった。


いや、本当の理由は自分のことなど忘れているのではないかと怖くて仕方なかったのだ。


自分だけが会う約束を覚えていて、エニシダはなんとも思っていなかった、と認めるのが怖かったのかもしれない。


イフェイオンが悩んでいる間にエニシダは会場から消えていた。


探しに行こうとしたときには、いつの間にか周囲に人だかりができていた。


次期ルーデンドルフ家の当主が久しぶりに社交界に現れたのだ。


昔から容姿は整っていたが、歳を重ねるごとに磨かれていき、今ではそれに加えて剣の腕もある。


令嬢たちが自分の夫にと狙うには十分過ぎるほどの魅力がある。


令嬢たちは少しでもいいからと、イフェイオンと話すことに必死になったが、返事どころか見向きもされなかった。


そんなイフェイオンが最初に返事をした令嬢は、妹のエリカと共に現れたリナリアだった。


イフェイオンは妹の友達なため、ただ返事をしただけだが、長らく社交界から遠のいていたため、この行動が後にどれだけ自分とエニシダを苦しめることになったか気づいていなかった。


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