過去 5
「今日はありがとう」
エニシダは孤児院で子供たちと別れ、山を降りている途中でイフェイオンにお礼を言った。
子供たちは最初こそイフェイオンを警戒していたが、最後にはすっかり懐いていた。
特に女の子たちはイフェイオンを御伽話から出てきた王子様だと本気で勘違いして、中には求婚している子もいた。
「ううん。こっちこそありがとう」
産まれて初めてイフェイオンは公爵家のイフェイオン・ルーデンドルフではなく、ただのイフェイオンとして接してもらうことができた。
それが、こんなに嬉しいものだと思わなかった。
パーティーを抜けてきてよかった、と心の底からイフェイオンは思っていた。
できれば明日もエニシダと一緒にいたいと思ったが、そんなことを言ってもいいのか悩んでしまい言えずにいた。
でも、ここで別れる方が嫌で勇気を出して口を開くと、同じタイミングで声を出してしまった。
「あのさ……」
「あの……」
先に彼女から言わせてあげようと思い譲ることにしたが、またしても同じタイミングで声を出してしまった。
「「あ、先に……」」
イフェイオンとエニシダはしばらく見つめ合った後、お互いに吹き出した。
「先に言って」
今度は被ることなくエニシダが言った。
「じゃあ、先に言うよ」
イフェイオンは目を瞑って息を吐いた後、エニシダの目を見たが、すぐに恥ずかしくなって逸らしてしまった。
「あのさ、もしよければなんだけど、明日も一緒にいていいかな?」
もし断られた?
そう思うだけで、だんだんと声が小さくなっていく。
最後らへんはイフェイオン自身なって言っているのか聞き取れないほど小さくなっていた。
「私も同じこと言おうと思ってた」
だけど、そんな声でもエニシダにはしっかりと伝わっていたみたいだ。
恥ずかしくなったけど、嬉しそうに笑う彼女を見たら、そんなことはどうでもよくなった。
「じゃあ、また明日ここで待ち合わせをしよう」
「うん。いいよ」
「いつ頃に待ち合わせる」
時間を決めておかなければ、片方が早くきすぎた場合待ち時間が長くなる。
もしかしてら、すれ違うこともあるかもしれない。
イフェイオンはそんな無駄なことで一緒にいられる時間を奪われたくなかった。
「昼過ぎくらいはどうかな?」
「わかった。それくらいにここにくるよ」
本音を言えば、もう少し早い方がよかったが、パーティーを抜け出してくるとなると昼過ぎの方が助かる。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ。また明日」
エニシダが見えなくなるまで、イフェイオンはその場で手を振り続けた。
※※※
「イフェイ。あなたどこに行ってたの?」
こっそりとパーティーに戻り、さもずっとここにいましたよ、的な顔をして立っていると突然隣に立ったエリカにそう言われた。
「暇だから散歩してた」
「……そう。次からは私も一緒に行くわ」
疑うような視線を向けてきたが、納得したのか次から一緒に行くと言われて、イフェイオンは心の中で「それは困る」と呟いた。
「お前はリナリアと一緒に行けばいいだろ」
「なら、三人で……」
「遠慮する」
これ以上しつこく誘われたくなくて、イフェイオンはエリカを置いてその場から離れた。
イフェイオンが会場に戻ってきた頃には、一日目のパーティーが終わろうとしていたので、誰とも会話をすることなくその日を終えた。
二日目になると、イフェイオンは昼過ぎより少し前に約束した場所にきた。
いつもは時間などあまり気にしないのに、あまりにも時間が過ぎないので、時計が壊れているのではと勘違いしてしまうほど、何回もイフェイオンは時計を見ていた。
待ち合わせ場所に早くき過ぎたが、少ししてエニシダもきた。
「あれ?もう来てたの?」
「いや、俺もいま来たところだ」
本当はエニシダがくるまで三十分近く待っていたが、嘘をついた。
「そっか。じゃあ、行こうか」
「ああ」
昨日と同じ道を歩いて孤児院へと向かった。
二日目のこの日は昨日と違い、子供たちは最初からイフェイオンを受け入れてくれた。
絵本を読んだり、追いかけっこをしたり、出会って二日目だがイフェイオンは身分を忘れて素でいられる場所を見つけることができた。
明日がエニシダと会える最後の日だったが、また会う約束をすることができて嬉しかった。




