過去 4
「ごめんなさいね。こんなことを手伝ってもらって」
女性は周囲に誰もいないことを確認した後、イフェイオンに申し訳なさそうに謝った。
ローブの下から見える服を見て貴族だとわかり、そんな方を荷物運びに使ってしまったことに萎縮していた。
「いえ、気にしないでください。俺が好きでやっていることですので」
イフェイオンは荷物を建物の中に運び、指定された場所に置いてからそう返事をした。
産まれて初めて荷物運びをしたが、この作業がこれほど大変なことだとは自分が経験するまでは知らなかった。
剣で鍛えた筋肉があっても疲れた。
ここに大人は女性しかいない。
子供たちが持つには重すぎる。
毎回、一人でやっていたのだとしたら大変だったはずだ。
イフェイオンは文句も言わずにやり続ける女性を尊敬の目で見た。
そして同時に、自分は自分に与えられた役割すら果たせないのかと恥ずかしくなった。
「ありがとう。そう言ってもらえると気が楽になるわ」
女性は安心したのか息を吐いた。
俺を嫌いというより貴族を怖がっている、という感じだった。
なぜ?疑問に思った。
だが、イフェイオンはその答えに辿り着くことができなかった。
公爵家ではいつも剣と戦略のこと以外、教えてもらったことがない。
まずは戦で功績をあげて、そこからルーデンドルフ家の人間として認められて初めて後継者として公爵の仕事を教えてもらうことができる。
貴族が普段何をしているのか全く知らないイフェイオンには、女性が何に恐れているのか知る術など最初からなかったのだ。
女性に尋ねて知ることもできたが、知ったところで何もできないのなら最初から期待させるべきではない。
そう思い、何も聞かなかったし、その言葉に何も言わなかった。
※※※
「なぁ、エニシダ。あの男とはどういう関係なんだ?」
四歳のマークがまるで浮気をした彼女を問い詰めるかのような口調でエニシダに尋ねた。
いったいどんな本を読めば、そんな言葉を言えるようになるのかと、エニシダは吹き出しそうになるのを耐えながら、こう返した。
「さぁ?よくわからないわ。ここに来る前に偶然知り合っただけだから」
その言葉を疑うような目でマークはエニシダをしばらく見た後、小さな声で何か言ったが聞き取ることはできなかった。
「なんだ恋人じゃないのか。よかった」
「ん?いま何か言った?」
「ううん。なんでもない」
マークはさっきまでの顔とは一変して笑顔を浮かべた。
そんなマークの変わりようにエニシダは不思議に思うも、子供はそういうものか、と妹のアドリアナと比べるのは彼に対して失礼だと思いながらも、子供が何を考えているのかわからないのは妹のこともあり当然のことだと結論づけ、それ以上気にすることはしなかった。
「あっちで前みたいに本を読んでよ」
隣の部屋で本を読んでもらうのを大人しく座って待っている子供たちが見えた。
「ええ。もちろん、いいわよ」
エニシダはここに来るまで本の読み聞かせなどしたことはなかった。
上手にできる自信はなかったが子供たちに促されるままに去年、朗読したが、思った以上に好評で領地に戻るまでの間、ずっと朗読させられ続けた。
「エニシダ。これ読んで」
順番を決めていたのか、去年とは違い一切に言われることはなかった。
「うん。わかった」
エニシダは女の子から絵本を受け取ると椅子に座って本を開き、ゆっくりと読み始めた。
「むかし、むかし、あるところに、美しい心をもった女の子がいました。その女の子は……」
イフェイオンは荷物運びを終えて、エニシダの元に向かうと、彼女はまるで聖女のように慈愛に満ちた表情で子供たちを見ていた。
同じ子供なのにどうして彼女は他人を大切にできるのだろうか?
イフェイオンにはわからなかった。
彼女の近くにいれば、その答えを知ることができるのだろうか。
イフェイオンは産まれて初めて誰かに対して興味を持った。




