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私達、婚約破棄しましょう  作者: 若狭巴


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過去 3


「あ、あなたは……!」


一人の女性がイフェイオンたちに気づいた。


最初はどうしてこんなところに子供が、と不思議そうな顔をしていたが女の子を顔を見ると目を見開いた後、嬉しそうに笑った。


「本当にまた来てくれたのね」


「はい。約束しましたから」


女の子はさっきまでの暗い顔から一変して、大人びた表情で女性に微笑んだ。


「それと、これをもらってください」


女の子は懐から袋を取り出し、女性に渡した。


女性は不思議そうな顔をしながら受け取り「ありがとう」と言ってから中身を確認した。


中に入っていたのが予想していたのとは違ったのか女性は驚いた後、すぐに顔を真っ青にした。


「受け取れないわ」


女の子に袋を突き返そうとするが、女の子はそれを受け取ろうとはしなかった。


「子供たちのために使ってください」


女の子はそう言うが、イフェイオンは「君も子供だろ」と思った。


「……ありがとう。大事に使わせてもらうわ」


女性はしばらく悩んだ後、申し訳なさそうに微笑みながらそう言った。


二人の会話を聞いたから、イフェイオンは袋の中が何か簡単に予想がついた。


女の子は聡明で品がある。


格好は平民としか思えないが、たまに出るちょっとした仕草は貴族特有のものだった。


「あ!エニシダだ!」


古びた建物から一人の少年が出てきて、女の子を見るなりそう叫んだ。


(この子の名前はエニシダって言うんだ)


エニシダと少年に名前を呼ばれた女の子は顔を綻ばせた。


「久しぶりだね。マーク。元気にしてた?」


女の子は自分の元に一目散に駆け寄ってきたマークの頭を優しく撫でた。


イフェイオンはその光景を見て、子供でも、理由がなくてもしていいのだと思った。


イフェイオンは親から頭を撫でてもらった事がない。


剣の先生である男からは真面目にやったときや、剣の腕が少し上がったときは大袈裟に褒められながら、荒々しい手つきで頭を撫でてもらった事がある。


何もしなくても、ただ会っただけで頭を撫でてもらえるマークをイフェイオンは少しだけ羨ましいと思った。


「うん。元気にしてたよ。エニシダがいい子に元気にしてたら会ってくれるって言ったから、俺ちゃんといい子で元気に過ごしてたよ。えらい?」


マークは約束を守ったことを褒めて欲しそうな口調で言った。


そんなマークの胸中を察しているのだろう、エニシダは優しい顔つきで頭を撫でながら、マークの欲しい言葉を言った。


「うん。えらいよ。約束守ったマークにちゃんと会いにきたよ」


「えへへ。ありがとう」


マークは嬉しそうに笑っていたが、ふと顔をあげるとイフェイオンと目が合い固まってしまった。


そして、縛り出すように「だ、だれ?」と尋ねた。


マークの問いかけに女性もそういえば、という顔でイフェイオンを見た。


「あ、俺は……」


イフェイオンはなんて言えばいいのかわからなかった。


本名を名乗るべきなのか、偽名を使うべきなのか。


そもそも、何故自分はここに連れてこられたのか。


どう言うのが正解かわからず、イフェイオンはそれ以上言葉を言うことができなくなった。


「さっき、そこで知り合ったの。暇だっていうから連れてきたの。一緒に遊ぼうと思って。マークもお兄さんと遊びたくない?」


マークは少し考えた後、イフェイオンも見て「遊びたいです」と小さな声で言った。


「そうね。遊ぶなら、みんなで遊んだ方がいいわよね」


女性もマークの思いを汲み取り、イフェイオンも一緒に遊ぶことに賛成した。


「そういえば、お兄さんって名前なんて言うの?私はエニシダっていうの」


イフェイオンは出会って初めてエニシダに笑いかけられた。


少し胸がざわついたが、よくわからないのできにしないことにした。


「俺はイフェイオン」


イフェイオンはさっきまで悩んでいたのが嘘みたいに、気づけば本名を名乗っていた。


エニシダには自分の本当の名前で呼んで欲しいと無意識に思っていたのかもしれない。


「イフェイオン。とても素敵な名前ね」


名前を褒められるのはよくある。


ただのお世辞だ。


そう思いたいのに、イフェイオンはこの言葉がお世辞でなく彼女の本心だったらいいのに、と思わずにはいられなかった。

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