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私達、婚約破棄しましょう  作者: 若狭巴


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最悪な現実



イフェイオンは忘れていた記憶を思い出すと、山小屋から飛び出して走った。


嫌な想像をしてしまったからだ。


もし、その想像が当たっているかと思うと怖くてしかたなかった。


エニシダが好きだとおすすめしてくれた本のタイトルは「愛の悲しみ」。


タイトルの通り、この小説は悲しい結末で終わる。


いや、男視点でなら幸せだったのかもしれない。


でも、女視点では違ったはずだ。


残された彼女はきっと悲しみに暮れていただろう。


イフェイオンには女の気持ちがわかる。


彼女と同じで愛する人が余命宣告を受けた。


愛する人がいない世界など想像もしたくない。


どんな手を使ってでも生かしたいと思うだろう。


どうしてこの記憶を消したのか、思い出してからわかった。


当然だ。


愛する人が死ぬ運命など、例え本の中の話だとしても受け入れがたかった。


戦場で生きてきたイフェイオンにとって死とは常に身近にあるもののため、余計にこの本のことを忘れたかったのかもしれない。


もっと早くにこの記憶を思い出せていたら、この街に着いた瞬間に気づけていたかもしれない。


エニシダが何故この街に訪れたのか。


秘密の花園は間違いなく存在しているのだろう。


エニシダは昨日から宿に帰ってきていない。


その事実が余計にイフェイオンの気持ちを焦らせた。


どうか、どうか、そうでありませんように。


イフェイオンは何度も、何度も、走りながら自分の勘違いであることを祈った。




※※※




(まるで、ここは花の楽園みたいだな)


ユリウスは自分がいま歩いている道から見える風景が花ばかりで驚いた。


下も横も上も空以外、全てが花で埋め尽くされていた。


ユリウスにはその花たちがなんの花なのかはわからないが、綺麗な花だと思うくらいの感性はあった。


ただ、あまりにも花だらけなので驚きを隠せないでいた。


これまでの人生で見た花よりも今見ている花の方が間違いなく多いだろう。


それほどまでに、歩いても、歩いても、花の風景が変わることはなかった。


あとどれくらい続くのかと少し焦り始めたころに、小さな池を見つけた。


ユリウスはその池に近づき中をのぞいた。


あまりにも水が澄んでいて、池の中にある石まではっきりと見ることができた。


不思議な池だ、とここにいたい気持ちになるが、それよりもエニシダ様を見つけることが先だと自分に言い聞かせ、未練を断ち切るようにその場から立ち去った。


少し早足で歩いていると、突然目の前の景色が真っ白へと変わった。


色鮮やかな景色だったのに、いきなり白一色になったときは驚いたが、それが白い花の花畑だとわかると体の力を抜いて、息をゆっくりと吐いた。


長いこと戦場にいたせいか、ユリウスはちょとしたことにも敏感に反応してしまった。


今は魔族との戦中ではないというのに、と早まる心臓を落ち着かせてから、白い花畑に足を踏み入れた。


一歩。


たった一歩、足を踏み入れただけなのに、妙な気持ちになった。


さっきまでなんともなかったのに、体が温かく軽くなった。


少し前まで戦のことを思い出し嫌な気持ちになったのに、すっかり楽になった。


まるで魔法で癒しを与えられているかのような錯覚を感じた。


一歩、また一歩、と進むたびに不思議と幸せな気分になった。


エニシダ様たちを追いかけた時に向かった花畑はたくさんあったが、こんな気持ちになるような場所は一つもなかった。


本当に魔法でもかけられているのではないかと思ったが、ユリウスには魔力を感じることはできないので確かめることができない。


確かめられないのならそれでもいい、とすぐに気持ちを切り替え、ユリウスは花畑の中を進んだ。


不思議な気持ちになっていたせいで、ユリウスはこの時だけは肝心の目的を忘れてしまっていた。


ただ、久しぶりの穏やかな時間を満喫していたが、その時間は長くは続かなかった。


ユリウスは少し離れたところで、花が消えている場所を見つけた。


不思議に思い、そこを眺めていると人が横になっている体と気づいた。


花の中で眠るなど、まるで御伽話のようだと他人事ようにおまっていたが、その人物の顔を見るや否、心臓が飛び跳ねた。


「エニシダ様!」


ユリウスは大声でエニシダの名前を呼んだ。


ようやく見つけることができた。


間に合った。


イフェイオン様も報われる。


そう思い、エニシダに駆け寄ったが、近くで見た瞬間、絶望した。


間違えるはずなどない。


戦で仲間の死体を何度も見たことがあるのだから。


ユリウスはエニシダを見た瞬間に気づいた。


彼女はすでに死んでいることに。


自分たちは間に合うことができなかったのだと最悪な現実を突きつけられた。

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