300年後 10
「というわけで、教えても意味はないわ。それでも知りたいなら教えるけど、はっきり言って薬だけの効能を見るなら今の方が上よ」
レイシーは遠回しに作ったところで今の薬より効き目はないと告げる。
「いや、それならいい」
それなら最高の薬屋として、未来永劫誰にも変えられることのない存在として祀られてほしいと思い、聞くのを諦めた。
「じゃあ、最後の質問を聞こうか」
レイシーはいったい何が聞きたいのか、と曖昧に微笑む。
青年は息を吸う音、吐き出す音が聞こえるほど大きな音を出したあと、真っ直ぐレイシーをみて言った。
「エニシダ・オルテルは本当に一人で旅をしたのか?」
最後の質問を聞くなり、レイシーは驚いたあと嬉しそうに笑った。
まるで、よくこの謎にたどり着けた、と褒めているような表情だった。
その笑みを見た瞬間、青年は確信した。
あの日記は本物だと。
青年が日記を見つけたのはたまたまだった。
暇つぶしで入った本屋で珍しい題名も著者も記されていない無地な本を見つけて内容を読んだ。
そのときはわからなかったが、呪いの正体を知った今ではあの日記に書かれていた女性はエニシダ・オルテルではないかと思い始めた。
そこにはエニシダはある人物と一緒に残こされた時間を共に旅をしたと書かれていた。
残りの時間を一緒に過ごすくらいだから、エニシダとも仲がいいはずだと青年は考えた。
だが、それだと矛盾が発生する。
エニシダ・オルテルは誰にも必要とされず、愛されないため呪いによって死んだ。
それなら一緒に旅した人物はいったい彼女とどういう関係だったのか、と青年はその答えが知りたかった。
そんな思いから尋ねたが、思ってた以上に複雑そうな匂いが青年は感じとった。
「いいや、一人じゃないよ。もう一人いたわ」
その答えを聞いた瞬間、青年は落胆した。
それと同時に名前もわからない著者とその著者と同じ町に住む人たちに怒りが湧いた。
日記にはエニシダに関する感謝と懺悔が最初から最後までびっしりと書かれていた。
中でも酷いと青年が感じたのは命の恩人であるエニシダを呪いがかけられるまで誰一人として助けようと行動しなかった点だ。
たった一人でも行動に移してさえいれば、彼女は死ななかったかもしれないと青年は思ってしまった。
幼少期に植えられた恐怖は大人になっても簡単に取れるものではないと青年自身よくわかっている。
だが、それでも腹が立つのはどうしようない。
青年はその時代の人間でもなければ、時の力で過去を見ることはできない。
どっちが悪いと知る方法はないが、被害者ではなく加害者の方が己の罪を認めているのだから、後世の者に文句を言われても仕方ないだろう。
「その者はエニシダ・オルテルとどういう関係なんだ?」
レイシーは青年の問いかけに少し考えてからこう言った。
「よくわかんない」
(そうか。よくわかんない、か)
レイシーがあまりにも堂々と言うので、青年はただ笑うしかできなかった。
「まぁ、でもエニシダ・オルテルは彼が傍にいたから、笑ってあの世にはいけたことは間違いないわ」
「笑って?」
泣いていたとか悲しんでいたことかじゃなくて、笑ってあの世に旅だったのか、と本当はそう尋ねたかったが驚いたせいで言葉を上手く咀嚼できず青年は三文字の言葉しか口から出すことができなかった。
「うん。笑って」
「でも、それはおかしくないか」
青年はきっぱりと否定した。
「彼女は苦しくて、つらくて、この世から消えたくて自分自身に呪いをかけたんだろ。それなのに笑って死ねるか」
無理だろ、と青年は断言するように言う。
レイシーはその言葉に同意するように頷いたあとこう言った。
「確かに普通はそんな風には死ねないね。あなたの言う通りこの呪いにかかった者たちはエニシダ・オルテル以外、みんな人を憎みながらこの世を去ったわ。でも、彼女はそうならなかった。最後まで一緒にいてくれた人がいたから救われたのよ」
青年は「なるほど」と納得しかけるが、すぐにおかしいと思い直した。
救われたのなら、彼女の呪いは解けるはずだ、と。
それなのに呪いが解けなかったのは救われなかったからではないのか、と疑問が浮かんだ。
そのことをレイシーに尋ねようとしたが、それより先にレイシーが答えを言った。
「ただ、それでもエニシダ・オルテルは生きていきたいと思うほどではなかったのよね」
淡々と言っているのに、その声からは悲しみが感じられた。
「その者はエニシダ・オルテルの死を悲しんだのか」
「当然よ」
馬鹿な質問ね、と怒られた気分にさせられる声でレイシーに言われ、青年はほんの少し萎縮した。
「彼にとってエニシダ・オルテルは神のような存在だったんだから」




