300年後 9
救いを求めているのか、罰を与えて欲しかったのか、よくわからなかった。
ただ一つわかったことは、どれだけ相手を大切に思っていたとしても伝えなければ、その想いは決して届くことはない、ということ。
「さぁ?なんなんだろうね」
誤魔化すためにそう言っているのかと青年は思ったが、レイシーは本当にわからないという表情をしていたので、それ以上追求することはできなくなった。
青年が何も言えないでいるとレイシーに「聞きたいことはもうない」と言われた。
青年は少し考えてから「あと二つある」と言った後に小さな声で「呪いには直接関係ないことでもいいか」と尋ねた。
「いいよ」
直接的な関係はなくても、エニシダ・オルテルと呪いのことだろうと直感し許可した。
「それで、なにが聞きたいの」
「エニシダ・オルテルが作った奇跡の薬について知りたい」
青年がそう言うとレイシーは一瞬、顔を歪めたがすぐに元に戻った。
レイシーの顔が一瞬、歪んだのを見逃さなかった青年は自分の言い方が悪かったと気づき、慌てて訂正した。
「いや、そうじゃなくて、いや、そうなんだけど……ただ、彼女の薬は今と比べ物にならないほど効果があったと有名だ。どんな傷も病気も治すことができる、と。近代化が進み、世界は300年前よりも遥かに豊かに、便利になった。でも、医療だけは違う。どんなに豊かに、便利になったとしても彼女が作った薬には辿り着けない。もし、彼女の薬を作ることができたら、多くの人が助かる。助けられる」
だから知りたい、そう続けたかったが何の努力もしてないのに盗む形になってしまうことに抵抗があり、最後の言葉は言えなかった。
それでもたくさんの人の命を救うのには自分のプライドなどちっぽけだと青年は思い直し、「教えてくれ」と言おうとして口を開くが、結局その言葉を言うことは叶わなかった。
「残念だけど、彼女が作った薬を作ることはできないわ」
レイシーは青年の言葉を聞いて嬉しく思ったが、その願いを叶えることはできないのだと伝えるのは胸が少しだけ痛んだ。
「それは、どうしてだ」
青年は悲しそうな表情をする。
神の加護の掟か何かで駄目なのか、と思うも、どうしても諦めきれずに懇願するような目でレイシーを見た。
「彼女以外作れないからよ」
「どういう意味だ?」
青年はレイシーの言葉を上手く咀嚼することができなかった。
捉え方を変えれば、それは作り方を教えることはできる、と言っているようにも聞こえた。
「そのままの意味よ。例え、彼女と同じように作ったとしても、同じ効果は得られないってことよ」
「それはつまり、エニシダ・オルテルが作るからこそ奇跡の薬になるってことか」
「そうよ」
「それはどうしてなんだ?」
青年は無意識にその答えに辿り着いていたが、脳が受け付けなかったのか気づかないふりをしていた。
声が震えていることにも同じように気づかないふりをした。
「それは彼女が本物の聖女だったからよ」
(ああ、やっぱりそうなのか)
青年はレイシーの言葉を聞いて、そう心の中で呟いていた。
同時に「エニシダ・オルテルが聖女であることに誰も気づかないことなんてあり得るのか。ましてや、あの神殿が」とも思った。
「あり得るわ」
レイシーがまるで青年の心を読んだみたいにそう言った。
青年は驚いて目を見開いてレイシーを見ると微笑まれ、恥ずかしくなって慌てて視線を逸らした。
「言ったでしょう。彼女は屋敷からほとんど出ることが許されなかったって。会うことのできない相手の正体を例え神殿だとしても気づくなんて無理な話よ」
会っていれさえいれば、教皇ならエニシダ・オルテルが聖女だと気づけたかもしれない。
でも、それは彼女が自分に呪いをかける前までの話だ。
「奇跡の薬の正体はね、聖女の力で作られたものなの。例え、同じ薬を使ったとしても肝心の聖女の力を注がないと意味がない代物なのよ」
「それなら神殿には聖女がいるから作れるのでは?去年、ルーアが聖女として認められただろ」
青年の言葉にレイシーは首を横に振る。
「それは無理よ」
「どうしてだ?」
「力の差がありすぎるからよ。ルーアではエニシダ・オルテルの足元にも及ばないわ」
レイシーは一旦、言葉を限ってから続きを言った。
「同じ聖女でも生まれ持った力の量は天と地ほどの差があるわ。エニシダ・オルテルは間違いなく歴代一位の力を持って生まれた人よ。もし、彼女が聖女になれていたら間違いなく、その当時は病気や怪我で死ぬ人はいなかったはずよ」
奇跡の薬はそれほどの力があった。
ただ、いくらエニシダの力が凄くても監禁され、誤解で嫌われた中作らないといけなかった環境では、優しく清らかな心を持っていたとしても本来の力を発揮するのは難しい。
そんな環境でさえなければ、更に格段上の薬を作ることができただろう、とレイシーは思っていた。




