300年後 4
青年の悲痛な叫びのような問いかけに、レイシーは一瞬目を見開いて驚いたが、すぐに顔の力を抜いて「ええ。とても愛しているように見えたわ」と言った。
「命懸けの戦いを何年も続けていたけど、ずっとその婚約者はエニシダ・オルテルのことを気にかけていたわ。ずっと手紙も出していたみたいだしね」
時の魔法を使ってイフェイオンの過去を見た。
過去を見ることはできても、その人物が心の中で何を思っているかまではわからない。
でも、間違いなく過去で見たイフェイオンはエニシダのことを愛していた。
レイシーは家族から捨てられたが、それくらいはわかる。
愛する人を見つめる目は他の人とは違い特別だ。
わからない方がおかしい。
「手紙を?」
「ええ」
「どんな内容の?」
青年は質問してから後悔した。
例え過去の人物だとしても、他人の手紙の内容を知りたがるのは人としてよくない。
「それはわからないわ。そこは見てないから」
「なら、二人は手紙のやり取りをしてたんだな」
青年は無理矢理手紙の内容から話をそらそうとするが、自分の発言であることに気づいた。
手紙のやり取りをしていたのなら、関係は悪くなかったはずだ。それよりもいい方だ、と。
それなら、彼女は何故自分は必要されていないと思ったのか。
青年の頭の中に疑問が浮かんだ。
その疑問を聞く前に、レイシーがその答えを教えてくれた。
「いいえ、してないわ。二人は一度も手紙を交換してないわ」
「え?なんで?」
青年の素直な反応が口から出た。
レイシーの言う通りエニシダ・オルテルが聖女と呼ばれるに相応しい人物なら手紙を無視するなど有り得ない。
彼女の性格なら例え嫌いな相手からの手紙にもきちんと返事を書くはずだ。
それなのに手紙のやり取りがないということは……
青年はそこまで考えて最悪な考えが頭に浮かんだ。
いくらなんでも、と思いながらも人を陥れる連中ならやりかねんとも思った。
青年は震える声でレイシーに問いかけた。
「手紙は盗まれたんだな」
「ええ。そうよ」
聞く前から答えはわかっていたが、実際にそうだと言われると、当事者でもないのに怒りが込み上がってくる。
それだけではなく、手紙を盗まれた男のことを思うと胸が苦しくなった。
「これもエニシダ・オルテルへの悪意からか」
「いや、これは違うわ」
レイシーは即否定した。
青年はその答えにホッとするも、いったいどんな理由で手紙を盗んだのかとその犯人に会えるなら殴ってやりたいほど憤っていた。
「婚約者の母親が自分が認めた女性と結婚させたくて、部下を使って勝手に手紙を燃やさせていたの。手紙は物資を運んできた物に託していたから、簡単に盗めたのよ」
そうとも知らずに、イフェイオンはずっとエニシダからの返事を待ち続けていた。
物資が届くたびに渡さられる手紙の中から彼女の手紙はないか探した。
ないとわかるたびに落ち込んだイフェイオンの心情は想像を絶するほど悲しかっただろう。
彼の生きる希望はエニシダだったのだから。
「そんな……!」
酷いことを実の母親がするのか、と続けようとして青年はやめた。
そんな母親がいることを青年は誰よりも知っていた。
レイシーも言った。
ーー必ずしも親が無条件で子供を愛するわけではない、と。
その通りだ。
きっと彼もそうだったのだろう。
愛されているようで、実際は愛されていない。
親の思い通りにしなければ怒られる日々だったのかもしれない。
自分と同じだと思うと婚約に青年は同情した。
呪いの正体が知りたくて質問していただけなのに、想像よりも辛く苦しい事実を知る羽目になり、青年の心は重たくなった。
今さら辞めるても、最後まで聞いても、どっちも苦しいのなら、と青年は呪いの正体を知るまで質問を続けることにした。
「二人が手紙を交換してなかったことはわかった。でも、婚約者はエニシダ・オルテルを愛していたし、必要としていた。なら、彼女が自分に呪いをかけることなんてあり得ないんじゃないか」
青年は冷静になるとレイシーの話が矛盾していることに気づいた。
そこを指摘するが、レイシーの表情は変わらなかった。
まるで、最初から質問されることがわかっていたみたいに青年の問いかけに淡々と答えはじめた。
「そうね。確かに、その通りよ」
レイシーが認めたことで青年はやっぱり、と思うがその後に続けられた言葉を聞いて自分が間違っていたと認めた。
「でも、それは、その想いがエニシダ・オルテルに伝わっていた場合わね」




