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私達、婚約破棄しましょう  作者: 若狭巴


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300年後 3

家族からは元から嫌われていたみたいだけどね、とレイシーは付け足した。


「それは本当なのか?本当にエニシダ・オルテルは悪女だったのか?」


青年は歴史に記されたことが偽りだったことに衝撃を受けながら、レイシーの勘違いではないのかとも思った。


「エニシダ・オルテルが悪女と呼ばれていたのは本当よ。ただ、彼女は悪女ではなかったわ。むしろその逆。聖女と呼ばれ続けられるべき人間だったわ」


エニシダの過去の出来事を思い出し、本当に素晴らしい人格を持っていただけに、その事実を唯一知るレイシーは胸が痛んだ。


「なら、どうしてそんなことに……」


青年の呟きにレイシーは、本当どうしてそんなことができるのかしらね、と心の中で返事をした。


「簡単なことよ。ただ、気に食わなかっただけ。それだけの理由でエニシダ・オルテルは聖女から悪女に堕とされたの」


「誰がそんな酷いことを……!」


青年は信じられなかった。


人を蹴落とす人間は沢山いるが、大勢の命を救い、国に尽力した彼女に、気に食わないだけで、そんなことをするなんて有り得ないと顔も知らない相手に怒りを覚えた。


「エニシダ・オルテルをよく思わない人たちよ」


「全員で嵌めたってことか?」


青年の言葉にレイシーは首を横に振る。


「それは違うわ。全員が示し合わせて嵌めたんじゃない。一人一人がエニシダ・オルテルの評判を少し落としてやろうと各自で動いた結果、その噂が一斉に広まり、面白おかしく話しているうちに全ての噂が真実へと変わってしまったの。そのせいで、エニシダ・オルテルは悪女の烙印を押されたのよ」


レイシーは一旦気持ちを落ち着かせようと息を吐いたが、これから言おうとしている言葉を思い浮かべると無意識に眉間に皺が寄った。


「その噂の中で最も酷かったのが、愛し合う二人の仲を引き裂き、自分の婚約者にした最低女。事実無根の噂が真実として広まったのよ」


その噂のせいで彼女の人生は狂ったと言っても過言ではない。


エニシダ・オルテルは間違いなくイフェイオン・ルーデンドルフを愛していた。


だが、二人の結婚は彼女が望んだものではなかった。


エニシダの知らないところで勝手に決まったことだった。


それなのに悪女だと罵られ、一気に嫌われた。


エニシダ・オルテルは基本屋敷の外には出なかった。


いや、出ることが許されなかった。


それでも、自分に関する嘘の噂が出回っていること、人々の目が冷たく軽蔑するものに変わったことには気づいていた。


家の中でも外でも彼女の居場所はどこにもなかった。


唯一の大切な思い出もその噂のせいで汚されていった。


それだけではなく、心に秘めていた特別な想いも次第に純粋な想いだけではなくなってしまった。


大切にしていたからこそ、その想いまで否定された気がして、彼女の心はどんどん傷つき、壊れていった。


そんなときに、母親は死んだのではなく若い男と逃げた、と令嬢たちが話しているのを聞いて完全に心が壊れた。


頑張っていれば、いつかは誰かに認められる。


誰かに愛してもらえると信じていた。


でも、それは違った。


エニシダ・オルテルは自分は生まれてすぐに母親に捨てられ、父親にも嫌われた。


実の両親に愛されることなく、必要とされない存在。


それが自分なのだ。


そう思い、絶望した。


両親に愛されない自分が他人に愛されるはずがない。


婚約も誰も望んでいない。


唯一の心の支えだった母親の愛も消え失せた。


彼女が生きる希望を無くしたのは当然のことだった。


「人々の悪意が彼女を殺したのよ」


レイシーの冷たい口調に青年は心臓を直に触れたかのような恐怖を感じた。


全く表情が変わらないため気づかなかったが、彼女が怒っているのだとその口調から感じた。


「その悪意のせいでエニシダ・オルテルは自分を呪ったのか」


「ええ。その通りよ。悪意さえなければ彼女は死ぬことはなかったわ」


レイシーの言葉に偽りはないとわかってはいるが、青年にはどうしても信じられなかった。


歴史とは真逆のことばかりレイシーが言うからか、それとも長年信じていたものが嘘だったと突きつけられたかはわからないが、時に真実とは隠していた方がいいこともあるのだと青年は知った。


「エニシダ・オルテルの噂は全て嘘だったのなら、なぜ婚約者はそのことを否定しなかったんだ?」


青年は歴史には書かれていなかったエニシダ・オルテルに婚約者がいた事実に内心驚いたが、それ以上にその婚約者が否定しなかった事実に腹が立った。


「否定しなかったんじゃないわ。できなかったのよ。その婚約者はずっと戦争していたから。国を守る為に戦っていたから、そんな暇なかったのよ」


「……!」


青年は自分の浅はかな考えが恥ずかしくなった。


何も言えずに黙っていると、レイシーも黙った。


これに関しては質問しないと教えてくれないつもりみたいだ。


青年は恥ずかしいのを我慢して、顔を上げて質問した。


「その婚約者は彼女を愛していたか」


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