妻の死
「これはっ……ひどいな」
騎士の一人が声を絞り出すように呟いた。
ルーデンドルフ公爵が魔物を倒しながら王宮に向かって三週間近く経った頃、ようやく目的地に辿り着くことができたが、既に手遅れだった。
ここにくるまでの道のりで通った領地と同様、いやそれ以上に酷い光景だった。
建物は全て壊され、瓦礫の下には人がいるのだろう。
赤黒い血の溜まりがある。
それだけならまだいい方だろう。
焦げ臭い、まだを焼かれたら匂う、あの悪臭がする。
それがどういうことか公爵たちは嫌というほど知っていた。
戦いに慣れた公爵やその部下たちですら顔を背け、吐き気を催した。
王宮に着けば魔物や魔族が大勢いると思い、身構えていたのに、周囲を見渡しても見つけることができない。
撤退したのだろうか?そう思って、すぐに公爵はその考えを頭から消した。
何か目的があるはずだ、と周囲を警戒しながら生存者がいないか確認しながら進んだ。
人数が少なく、薬がないため怪我の手当てをすることができないでいたため、全員で移動した。
建物は消えようと、倒れた鉄の形からそれが門だったと判別でき、この先が王宮だとわかる。
公爵は進むたびに自身の心臓が早なるのがわかった。
美しかった白を強調とした建物。
生い茂った緑。庭師が丹精込めて育てた色鮮やかな花園。
国中から集められた職人が尽力を注いで作った噴水。その真ん中には美しい初代国王の彫刻が建てられていた。
それら全てが破壊され、青々としていた緑、色鮮やかな花はは全て燃え尽くされ悪臭が漂っていた。
進むたびに臭いは強くなり、手で鼻を覆っても意味をなさなかった。
いったい自分たちは何をみているのか。
夢であったらどれだけいいだろうか。
公爵と部下たちは前に進めば進むほど、頭が朦朧とし、ただ前に進むだけの人形のような感覚に陥っていった。
視界の端に黒い塊が何度も入る。
だが、どれ一人それについて言及はしなかった。
いや、したくなかった。
そんなとき、部下の一人の視界に青いものが入った。
一瞬、空の色だと思い無視しようとしたが、青いものが見えたのは地面からだった。
ゆっくりと視線を青いものが見えた方に向けると、それがドレスだとわかった。
生きているとは思えなかったが、唯一丸焦げになっていない死体を発見することができた。
公爵は反対側を警戒している。
気づいている様子はない。他の者たちも同様だった。
部下は意を決して声を出すが、渇いていたせいか声が出なかった。
唾で口の中を湿らせてから、もう一度声を発すると今度は出た。
だが、その声は何とも頼りない声で自分の口からこんな声が出るなんてと恥ずかしくなり、途中で言葉を止めてしまった。
「公爵様。あそこに……」
部下は死体を指差す。
公爵と他の部下はその男の言葉で視線を指先の向こう側に向けた。
「行くぞ」
公爵がそう言うと全員向きを反転し、倒れている女性の元へと向かった。
誰もが女性は死んでいるとわかっていたが、何故かその死体を確認しなければいけないと感じていた。
近づくたびに全員の心臓が早鐘打ち、嫌な汗が流れ出した。
「ヘイリー」
公爵はその死体を見た瞬間、自分の妻だとわかった。
顔は潰れていて判別できないが、公爵にはわかった。
長年、共にいたのだ。手の形や体型で妻のヘイリーだと確信を持てた。
涙は出なかった。
お互い愛していたわけではない。ただの政略結婚。それだけのはずなのに、公爵は胸が痛くなった。
最後に交わした会話はイフェイオンの婚約者に関して。お互い言い合いで終わった。
こんな別れになるとわかっていたのなら、と後悔が押し寄せてくる。
いったい自分は何のためにここまで頑張ってきたのか。
急に何もかも馬鹿らしく思えてきた。
国を守るために愛する人と別れ、ヘイリーと結婚した。
ルーデンドルフ家の役目を果たすためにイフェイオンを厳しく育てた。
全ては国とルーデンドルフ家を守るためにしてきたこと。
それが破壊された。
今までしてきたことが全て無駄だったと馬鹿にされているようだった。
それは部下たちも同じなのか、彼らも戦意喪失していた。
今、魔物たちに襲われたら抵抗する暇もなく全員殺されるだろう。
そう思ったとき、どこからか瓦礫が崩れる音がしたと同時に呻き声が聞こえた。
反射だった。これまで鍛えてきたことを体が覚えているかのように、全員が一瞬で剣を構えた。




