生存者
すぐに瓦礫の下から聞こえたのが、女性の声だと気づき、公爵は剣を下ろして急いで近づいた。
生存者がいるとは思っていなかった。
もしかしたら、エリカかもしれない。
そう思うと手が震え、足の力が抜けそうになる。
公爵は焦る気持ちを抑えて、瓦礫をどかしていく。
細い白い足が見えた。素足だった。ヒールは逃げているときに脱げたのだろう。
公爵は足を基準に体があるであろう場所の瓦礫をどかしていく。
徐々に女性の体が見えてくる。色的に白と緑を強調していたドレスは汚れて美しさを失っていた。
ドレスのせいで体は見えないが、至る所が折れているのがわかる。
まるで上空から叩きつけられてそうなったかのようだった。
公爵はこの令嬢が自分の娘のエリカではないことに気づいていた。
髪の色が違う。この令嬢の本来の髪の色は汚れていて何色か判断できない。
ところどころに泥がついていた。
公爵は「もう大丈夫だ」とゆっくり女性を仰向けにし、抱えようとして動きが止まった。
その令嬢がリナリアだったから止まったのではない。
いや、それにも驚いたが、何より自慢の美しい顔に大きな傷ができていた。
血も出て顔全体についているが、それでもはっきりとわかるほど大きな傷。
公爵は思った。
例え生き残ったとしても、これでは誰も嫁にもらわないだろう、と。
貴族の結婚で恋愛結婚は珍しい。
ほぼゼロに近い。
ほぼ全て政略結婚だ。相手の財力、権力、地位、そして美貌によって取引される。
女性の場合、ほとんどがその家の価値と美貌によって決まる。
リナリアの家は伯爵家で家の価値は充分。
彼女自身の容姿も美しいため、求婚の申し出が後をたたなかった。
性格もいいとされていたため、伯爵家より上の侯爵家、公爵家、皇族よりも求婚される回数は多かったが、顔に傷ができたとなれば結婚するのは難しいだろう。
いや、ほぼ無理だと言っても過言ではない。
公爵は一瞬悩んでしまった。
このまま助けてもいいのか。もし助けてこれからも生きていかなければならなくなったら、間違いなくリナリアは、これまで経験したこともない辛さ、苦しみ、中傷を味わうことになる。
このままにしている方がリナリアにとってはいいのではないか、そう思ったとき彼女の口から何かが発せられた。
あまりにも小さい声で何を言っているのか全く聞こえなかった。
公爵はリナリアに近づき、耳を口に近づけた。
「……て……い」
口に耳を近づけても聞こえなかった。
さっきよりも耳に神経を集中させて、リナリアの言葉を拾おうと努力した。
「助けて。イフェイ」
公爵は驚いて彼女から顔を遠ざけ距離を置こうとしたが、重症な相手を突き放すのは良くないと体を支えていた手だけは離さないでいた。
こんなときまで息子を求めるとは、有難いと思うべきか呆れるべきなのか公爵にはわからなかった。
ただイフェイオンの心はどんなことをしても手に入ることはないのだ、とわかっているためほんの少しだけリナリアに同情した。
公爵はリナリアを抱えたまま立ち上がった。
治療したくても医師も薬も包帯もない。
一刻も早く安全なところで休ませてあげたかったが、今この国に安全な場所などあるのかと思ったが、すぐに「そんな場所はないな」と否定した。
どこも安全でないのなら、ここで神官が来ることを信じてリナリアを守るしかない。
そうして、王宮があった場所で生存者を探しながら過ごし二週間が過ぎた頃、ようやく援軍が到着した。
最初に到着したのは神官たちだった。
彼らの服は神殿と会う時と比べて汚れており、魔物と交戦したのがわかった。
挨拶をしなければ、そう思い立ち上がるが公爵が口を開く前に「閣下」と名を呼ばれた。
声のした方に視線を向けるとルークと共に援軍を頼みに行った部下の一人がいた。
ルークは傍にいなかった。
「ご無事で何よりです」
「ああ。君も無事で何よりだ」
公爵の気遣いに男は感激したが、それよりも大事なことがあると言わんばかりに早口で「ルークはどこだ」と尋ねられた。
「ルーク副団長はサルシューア国に援軍を頼みに向かいました。私だけ先に戻って参りました」
部下の言葉に公爵はあからさまにホッとする。
ルークの腕を疑ったわけではないが、彼の性格上自分を犠牲にしてまで部下を助けようとする。
最悪な想像をしたせいか、公爵の背中は汗でびっしゃりだった。
「そうか」
安心したせいか、余計な力が入っていたのが抜けて体が楽になり、朦朧としていた頭がすっきりとした。
公爵は気を引き締め直して、神官たちの方へと向かった。
「この度は援軍として我が国を助けるために駆けつけてくださり感謝いたします」
公爵は深く頭を下げる。それに続いて部下たちも深く頭を下げる。
公爵が深く頭を下げると神官たちから息を呑む音が聞こえた。
あのルーデンドルフ公爵が頭を自分たちに下げた、と言葉にしなくとも空気で伝わる。
公爵は神官たちの態度に気分を悪くすることもなく、ただ一人、教皇の顔を見ていた。




