王都 2
「行くわよ」
ヘイリーは部屋から出ることを選択した。
「え?でも……」
リナリアはそれ以上は言わずに口ごもった。
何を言っているのか、わからないと非難するような目をしていたが、ヘイリーは気にせず残るなら残ればいい、と扉に手を伸ばした。
ゆっくり扉を少し開け、魔物がいないことを確認してから部屋を出る。
幸い悲鳴が聞こえてくる声は遠くからのようで、自分たちの存在に気づかれるのはもう少し先のようだった。
ヘイリーはも魔物がいないとわかると、扉を全開にしてから悲鳴とは反対の廊下を進む。
「あ、待ってください」
リナリアが慌ててついてくるが、ヘイリーは振り返ることなく早足で歩いた。
本当は走りたかったが、走る時の音が魔物たちの耳に届くかもしれないと思い、できるだけ音が立たず、少しでも早く逃げるためには早歩きしかなかった。
ヘイリーの作戦というにはお粗末な作戦は王宮を出るまでは、何の弊害もなくスムーズに進んだ。
だが、外に出るとなるとそうもいかない。
空に翼竜がいたからだ。
一体だけでなく何十体もいた。
上空から見張られた以上、逃げるのは無理だった。
動けずにその場に立ち尽くしていると、翼竜たちが一斉にどこかへと飛んでいった。
誰かに命令でもされたのか、全員同じ場所に向かっているようだった。
今がチャンスだと思った。
ヘイリーは周囲を確認した後、走り出した。
いつ翼竜が戻ってくるかわからない。
地上なら何とか身を隠せて上から見られたら終わる。
いつも平民たちが必死になって余裕もない表情で働いているのをヘイリーは蔑んでいたが、こんな状況で余裕などあるはずもなく、自分が馬鹿にしていた必死になるという行為を命の危険を感じてやる羽目になった。
ヘイリーは悔しいとか情けないという感情は湧いてこなかった。
ただ必死だった。生き残ることに必死で、それ以外のことを考える余裕などなかった。
どれくらい走ったか。息も切れて転けそうになったとき、ドゴーンッ!と大きな音がした。
あまりにも大きな音のせいで耳がキーンと麻痺した。
耳鳴りが治り、音のした方に目を向けると王宮が半壊していた。
半壊した場所はさっき自分たちが身を隠していた場所もあった。
もし、あのとき助けが来るまで部屋に隠れている選択をしていたら、と、その光景を想像しただけで悪寒が走った。
半壊した建物に目を奪われていると、突然頭上に黒い影が差した。
ヘイリーは上を見ると、そこには一匹の翼竜がいた。
あの気持ち悪い、吐き気がする目とまたあった。
翼竜は大きな翼を広げて、こちらに向かってきた。
さっきとは違い、ヘイリーは今度は動くことができた。
翼竜は自分を捕まえようと足を下ろした。
恐ろしい鉤爪が目に入った。
あれに捕まったら終わりだ。そう思ったとき、ヘイリーは無意識に隣にいたリナリアの腕を掴んだ。
翼竜が体を持ち上げようと鉤爪を広げた瞬間、ヘイリーは自分の目の前にリナリアを移動させ、その後地面に倒れ込んだ。
リナリアは何が起きたのか理解できなかったのか、間抜けな声を上げたのと同時に翼竜に捕まり、体を持ち上げられた。
そのまま上空へと上がっていく。
ヘイリーは、悪く思わないでね、と呆然としているリナリアを見上げて呟いた。
逃げようと彼女に背を向けた瞬間、目の前に別の翼竜がいた。
いつの間に!
竜は飛ぶとき大きな翼を広げるため、音がする。風も舞う。
気づかないはずなどない。
だが、実際に気づかなかった。
助かったことに安堵したせいか、それとも聞こえていたのに気づきたくなくて聞こえていないふりをしたのか、ヘイリーにはわからなかった。
ほんの少し期待をした。
さっきみたいに誰かが翼竜の首を落としてくれないかと。
夫やイフェイオンが助けに来てくれないかと。
誰かが代わりに身代わりになってくれないかと。
だが、そんなヘイリーの願いを嘲笑うかのように翼竜は口を少し開けて笑った。
いや、ヘイリーが恐怖から笑っているように見えただけかもしれない。
翼竜は翼を広げるとヘイリーを掴んだ。
そのまま上空へと登った。
人間は空を飛べない。これは常識だった。
空を飛びたいと憧れを抱く者もいたが、翼竜に掴まれ無理矢理空を飛ぶ羽目になったヘイリーは声を発することもできないほど死の恐怖を鮮明に感じた。
一定の高さにまで辿り着くと、翼竜は動かなくなった。
ただ翼だけを動かし、じっとその場にいた。
まるで、ヘイリーの恐怖がどんどん膨れ上がっていくのを愉しむかのように翼竜は自分の足に掴まれている存在を見下ろした。
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