王都
「ルーデンドルフ公爵夫人。お久しぶりですね」
リナリアは会場に夫人が現れるなり、すぐさま飛んできた。
まるで、婦人の隣は自分だけのものと周囲にこれまで以上にアピールするかなのようだった。
「ええ。久しぶりね。リナ嬢」
夫人は柔らかい表情を浮かべてリナリアの方を見る。
その二人の姿を見た貴族たちは「やはり、公爵夫人は御令息の婚約相手にリナリア嬢を選んでおられるのだろうな」と更に噂に火の油を注ぐ勘違いをした。
今回も夫人の隣にはリナリアがピッタリとくっ付き、挨拶も一緒にした。
誰もがリナリアこそイフェイオンの本当の婚約者だと信じ接した。
いつもと変わらないパーティーを過ごし、退屈な時間だと夫人が落胆した表情でワインを口に含んでいると、突然悲鳴が会場に響き渡った。
何事かと全員が悲鳴を上げた女性の方に視線を向けた。
遠くから見てもわかるほど女性の顔は青白く、体は小刻みに震えていた。
夫人は「なんてみっともないのかしら」と場違いな令嬢がいることに内心苛立っていると、今度は男性から「うわああーっ!」と叫び声が上がった。
女性も男性も窓の外を見ている。
夫人のところからでは外の様子が見えず場所を移動しようとしたそのとき、誰かが言った。
「魔物だ」
夫人はすぐに理解できず、何度も咀嚼して、ようやく理解した。
理解したときには既に会場中はパニックに陥っていて、逃げ出す貴族にぶつかり尻餅をついてしまう。
文句を言おうと立ち上がったそのとき、会場に設置されている窓の一つが割れ、そこから一匹の翼竜が入ってきた。
国王が貴族たちに格の違いを見せつけるために作らせた豪華絢爛な会場は一瞬でガラクタに成り果てた。
翼竜は大きな口を開け、涎を垂らす。
翼竜が笑うとは思えなかったが、夫人の目にはいやらしく笑っているように見えた。
そのとき翼竜と目が合った。
夫人は足が床に縫い付けられたかのように動かなかった。
大きく開けられた口が更に広がり、近づいてくる。
夫人はもう駄目だと諦めかけ、心の中で「誰でもいいから助けなさいよ」と叫んだ。
そんな願いが叶ったかのように翼竜の首が体と離れ、床に落ちた。
夫や息子よりは弱いが、それでも近衛隊の団地を務める男、レオニダスが翼竜を仕留めた。
パニックに陥っていた貴族たちもレオニダスの登場に少しずつ落ち着きを取り戻した。
彼ならきっと自分たちを守ってくれる、と。
だが、その期待はすぐに崩れた。
レオニダスは人間相手には強かったが、魔族と戦うのは初めてで手も足もでず、一瞬で殺された。
翼竜が破壊した窓の穴から突如紫色の線が入ってきたと認識した次の瞬間、レオニダスは吹っ飛ばされた。
レオニダスの体は壁にぶつかるも、そのまま壁を破壊して吹っ飛ばされた。
空いた壁の穴を覗くと、隣の部屋、その隣の部屋、更にその隣の部屋、と把握できないほど遠くに飛ばされていた。
誰も何も言わなかったが、間違いなくレオニダスが死んだと理解できた。
その事実を理解するなり、貴族たちはまた大慌てで会場から立ち去り、自分だけでも助かろうと必死で逃げた。
夫人も今度は足が動き、逃げることができた。
いつもなら、しない行動もできた。
髪を引っ張り相手を転ばす。
足を蹴る、お腹を殴る。
逃げるまでの間、魔物たちの意識を自分から他人へと視線を誘導させるためのものだった。
どこに投げるべきかも頭が真っ白で判断できなくなっていたが、誰かに手を掴まれ引っ張られた。
夫人はその手を振り払わず、ついていった。
安全とは言えないが、それでも少しの間は魔物たちから身を隠せる部屋に入ると、ようやく夫人は自分の手を掴んでいたのがリナリアだと気づいた。
「ヘイリー様。お怪我はありませんか」
リナリアは心配している口調で、念の為小声で話しかけてきた。
そんな彼女の態度にヘイリーは、こんな状況でも打算的に動けるんだと感心した。
本当に心配しているからではなく、ここで恩を売ればイフェイオンの妻になれる可能性が上がるという思惑をヘイリーは見透かした。
自分も同じ立場だったらそうしただろう。
似ているからか彼女の考えていることは簡単にわかった。
「ええ。大丈夫よ。おかげで助かったわ」
ヘイリーは一旦話を区切った後、息を吐いてから尋ねた。
「それで、この後はどうするつもりなのかしら?」
ずっとここに隠れているわけにはいかない。
どうにかして安全な場所に逃げなければならない。
自分をこんなところに閉じ込めたのだから、何か考えがあるのだろうと思って聞いたが、リナリアの表情が強張り、考えなどないのだと返事を聞く前に知ってしまった。
ヘイリーはわざとらしくため息を吐いた。
リナリアの考えなしの行動を批判するかのように。
さっきからずっと誰かの悲鳴が聞こえる。
既に王宮は魔物たちによって逃げ場をなくしているのかもしれない。
時間が経てば経つほど厳しい状況になる。
ヘイリーは生き残るために一刻も早く選択をしなければならなかった。
今すぐこの部屋から飛び出し逃げるか、助けが来るのを待つか。




