壊滅
ギルバートはイフェイオンがエニシダを追いかけに家出したせいで、彼の業務の肩代わりをする羽目になっていた。
幸せになってほしいと思っていたので、最初の時は喜んでその仕事をしていたが、半年も経てば恨みの一つや二つでなく百になるほど上り、自分が逃げ出したいと思うようになっていた。
そんなとき、バルガス男爵家の領地に魔族が攻めてきたと情報が入ってきた。
その前から他の場所でも戦争中だったが、自分たちが出るまでもなかった。
公爵もその息子のイフェイオンもいない今、夫人の指示に従わなければならない。
エリカは数日前に神殿へと向かった。
その護衛にギルバートと仲の良い陰の男もいる。
夫人がなんて言うのかとギルバートは内心ビクビクしながら、済ました顔をして指示を待った。
夫人はソファーに深く座り、興味なさげに尋ねた。
「あなたたちが行かないといけないの?」
まるでバルガス男爵家の領地がどうなろうと興味がない、といった口ぶりだ。
ギルバートは「わからないなら黙ってろ」と思ったが、雇い主の母親に対してその態度は駄目だよなと思い、「はい」とだけ返事をした。
「そう。なら、早く倒して戻ってきてね」
「はい。わかりました」
ギルバートは深く頭を下げた後、部屋から出ようと扉に向かった。
手を伸ばして扉を押そうとしたとき、「あ、わかってると思うけど半分は残していってね」と言われた。
ギルバートはその瞬間「はぁ?」と言いたくなった。
元々、屋敷を守るためだけの部隊がいるのにさらに自分たちの部隊の半数にも守らせるというのはやりすぎとしか言えない。
万が一の場合もあるが、バルガス男爵家の領地が落とされたら意味がない。
本当にこれだから女は!とギルバートは思ってしまった。
全ての女性がそうではないと頭ではわかっているが、戦争に行ったこともない人間の指示を聞かないといけない状態は、はっきり言って最悪だった。
この国のために死んでくれ、と身を捧げて戦ってくれと国王に言われた方がまだマシだと思うほど、公爵夫人に対して怒りを覚えた。
それでも主人と騎士。
逆らえるはずなどなく、素直に「はい。わかりました」と言うしかなかった。
そんな最悪な状況でもギルバートたちは魔族相手に圧倒的な力で優勢だった。
このままいけば勝てるとこまできていた。
そんなときオルテル伯爵が作った薬が届けられた。
ギルバートは基本魔法を使って攻撃するので、魔力は失うが怪我を負うことは滅多になかった。
そのため、届けられた薬を使うことはなかった。
ただ、休めれば体力は回復し、魔力も元通りになる。
だから、気づくのが遅れた。
オルテル伯爵が送った薬が前のと違う薬だということに。
ギルバートたちが魔族と戦いだしてから一か月が過ぎた頃、悲劇は始まった。
背中を預けていた部下たちが突然攻撃してきた。
魔族に操られているのかと精神魔法を遮断する魔法を発動するが意味がない。
少しして部下たちの体が、雨で濡れた土のようにドロドロに変化した。
「……っ!」
ギルバート目を見開き、口を開けて絶句した。
何が起きたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
一人、また一人と次々に仲間が怪物にへと変化した。
いつの間にか、残ったのはギルバートだけになっていた。
どうしてこうなったのか、何が原因なのか、わからず、考える暇もなくギルバートは窮地に陥った。
時の神の加護があるからといって、一人で数百体の魔物と魔族二体を相手にするのは無理だった。
結局、数匹の魔物を倒すのがやっとでギルバートは魔族の攻撃に反応することができず、吹っ飛ばされてしまう。
魔法使いでも魔族と違い空を飛ぶことはできない。
ギルバートはこんな形で夢が叶うとはな、と死を覚悟して空を見上げた。
灰色の空ではなく、雲一つない青い空を見たかったと思いながら落下した。
防御する力も残っておらず地面に当たったら痛いよな、と笑みが溢れ目を閉じ衝撃に備えていたが、背中が何かと接触したがそのまま下へと向かった。
少しして海の中に落ちたんだと気づいたが、ギルバートは意識を手放したため何もできず、水の流れにされるがままの状態だった。
ルーデンドルフ家がバルガス領地に向かった部隊が壊滅したと知らされたのは、それから一時間後だった。
その一時間がルーデンドルフ家の命運をわけた。
公爵夫人はそのときには既に屋敷にはおらず、王宮のパーティーに参加していた。
夫と息子の部隊の強さを知っていたからの他の人と比べて落ち着きがあり余裕があった。




