確執
「伯爵よ」
国王は今日一番の優しい声で名を呼ぶ。
「はい。陛下」
「近々、戦争をするつもりだ」
「戦争ですか」
戦争という言葉に伯爵は一瞬怯むも、すぐに大量の金を稼ぐことができると喜ぶ。
その気持ちが声に出ないように、口角が上がらないように、普通に見えるように言った。
「ああ。それで、薬を大量に作ってもらいたい。伯爵の薬さえあれば勝利は約束されているだろう」
薬を作るには黒魔術を使話ないといけないため、大量に作るとなると自分にも影響が出るかもしれないと危険を感じ、すぐに返事ができなかった。
そんな伯爵に国王は戦争することを反対しているのかと思い、一気に不機嫌になる。
「陛下。この薬を今すぐ大量に作るのは難しいです」
「なぜだ?」
「この一つの缶の量を作るのに最低でも四日はかかります」
今ここにある缶は三つ。
その数から逆算して、伯爵はそう述べた。
国王はそれを聞いて、なんとかして作れと言ったところで効能が落ちれば戦争の勝算も落ちると思い、仕方ないと大量にこの薬を作るのは諦めた。
「少し劣っているのならどれくらいで作れる」
国王は使い捨ての兵士なら、それで十分だと思い伯爵に尋ねた。
「それでしたら四日で十個作ることが出来ます」
「なら、それも同時に作れ。もちろん、こっちを中心に作れ」
「畏まりました」
伯爵は思わぬ援護に感謝した。
国王にそのつもりはなかっただろうが、これで黒魔術をする回数を減らすことができる。
もちろん金儲けのためにはしなくてはならないが、と考えたところでわざわざ自分が黒魔術を使わなくてもいいのではないかと思えた。
最初は黒魔術を使ったことを知られたくなくて一人でやったが、全然気づかれる気配がない。
案外誰にもバレないのではないか、と思えてきた。
そもそも、魔法使い以外黒魔術かどうか判断できるわけがない。
伯爵は自分が怯えていたせいで簡単なことにも気づけないでいたことを悔やんだ。
屋敷に戻ったら、使えない使用人を選んで黒魔術を使わそうと画策を立てた。
話は終わったし、国王をもう自分と話す気がなさそうだと感じ、出て行こうと挨拶をしようしたそのとき、近衛兵の服を着た一人の男が慌てた様子で入ってきた。
国王は眉を顰めながら「何事だ」と問う。
「レイサン国が攻めてきました」
報告する時には、謁見の間に入ってきた時とは違い落ち着きを取り戻していた。
そのせいで伯爵は自分の聞き間違いかと思ってしまった。
「なんだと!?」
すぐに上から国王の怒鳴り声が聞こえ、我に返り、戦争が始まると理解した。
「なぜ、レイサン国が攻めてきた!」
国王は不意を突かれ憤りを隠せないでいた。
「わかりません」
近衛兵は国王の気迫に怯えて、声が震えた。
「すぐに公爵に向かうように言え!」
レイサン国はルーデンドルフ公爵のいる場所と真反対の場所だ。
だが、この戦争で指揮を執れるのは公爵しかいないとわかっていた。
命令というより懇願に近い命令をしなければいけなくなったことに国王は憤怒する。
「ハッ」
近衛兵は一刻も早くこの場から立ち去りたくて、返事をするなり急いで去った。
伯爵もこの機に乗じて適当に挨拶してから出ていった。
異常など煌びやかな廊下を歩きながら、伯爵は公爵が薬をどうするのかふと気になった。
国王の反応から戦争を仕掛けようとしていたのはレイサン国ではないのは確かだ。
国王がその戦争の指揮を執らせようとしていたのはルーデンドルフ公爵なのは間違いない。
伯爵はそこまで考えると、気分が悪くなり飾ってある高価な壺を叩き割りたくなる衝動に駆られた。
伯爵は公爵が嫌いだった。
自分を下に見てくるあの目が大嫌いだった。
先代国王の命でエニシダとイフェイオンの婚約が決まった時、自分より公爵の方が反対していたのは知っていた。
エニシダを嫌っていたというより自分が嫌だったから反対していたと伯爵は知っていた。
昔から鼻につく男だった。
公爵家に産まれただけで他者を見下す傲慢な男。
そんな男こちらから願い下げだったが、公爵家との繋がりを作るチャンスでもあった。
あの男相手に頭を下げるのは癪だったが、息子のイフェイオンはこの国の英雄として称えられている。
息子の方は一応礼儀を弁えていた。
だが半年前、エニシダが消えたと知るなり、態度は一変し、父親そっくりの傲慢な態度で接してきた。
許せなかった。
自分よりも年下な相手に敬語を使い、頭を下げなければいけない屈辱。
昔から考えていた。
いつかこの手で公爵家を潰し、自分の方が上であることを愚かな民衆に教えてやりたいと。
伯爵は今ならそれができると思った。
戦争にはいつもオルテル家の薬が必要とされた。
それだけ兵士たちの役に立っていた。
例え黒魔術で作った薬だとしても使えば傷は消える。
その薬を渡せば、公爵の功績の手助けをすることになる。
伯爵は戦争中に黒魔術で作った薬を届けることもできたが、それをしなかったら公爵の地位と名誉がどん底に落ちるのではないかと思った。
その光景を想像するだけで苛立ちが消え、全身がゾクゾクと何とも言えない快感に襲われた。
公爵は今出回っている薬を集められるだけ集めて出陣するだろう。
その薬の数も限られている。
どこまで持つか、いつ自分に助けを乞うか、公爵の無様な姿で自分に頭を下げる瞬間を想像するだけで、その日が待ち遠しく、楽しみで仕方なかった。




