悲劇の始まり
伯爵はドルーラから情報を買い、その一週間後に薬は完成したが、それと同時に国王から金雀枝が届いた。
金雀枝は必要ないので使ったように見せかけるため燃やした。
伯爵は前に作った薬とたった今できたばかりの薬を見比べた。
見た目は今まで作った薬と変わらない。
傷が綺麗に消えるか確かめないことには成功したのか判断できない。
伯爵は黒魔術を使って薬を作ったため、絶対に自分の体で確かめたくなかった。
誰で試すかと悩んでいると、そのときタイミングよく目の前で侍女の一人が転けて怪我をした。
伯爵は心の中で「よし」と喜び、侍女に近づいた。
「大丈夫か」
侍女は自分を心配する声に恥ずかしそうに「うん。大丈夫よ」と返事しようと後ろを振り向くと、そこにいたのは伯爵で怒鳴られると思い、恐怖で声が出なくなった。
早く何か言わなければ、と、焦れば焦るほど喉が渇き、「あ、あ」と掠れた声しか出なかった。
「ああ。血が出てるな」
伯爵の顔が歪む。
侍女は困惑した。伯爵が自分たち使用人に優しくするなんて、そんなこと一度もなかったからだ。
正確に言えば、自分のような容姿が残念な使用人に対して。
「たった今できた薬がある。心配するな、すぐ治る」
伯爵は可笑しくて吹き出しそうになるのをなんとか堪えながら、侍女に微笑みかけた。
侍女は絶対に何かおかしいと思ったが、相手は雇用主である。
逆らえば何をされるかわからず、黙ってされるがままでいるしかなかった。
侍女は怯えながら、早く終わってくれと願った。
「お、消えたな」
侍女は伯爵の声で瞑っていた目を開け、血が出ていた膝を確認すると本当に怪我が治っていた。
最近、伯爵の機嫌が悪かった原因が薬の効能が落ちたせいだとオルテル家で働くものは全員知っていた。
その原因が取り除かれた今、怒鳴られることもなくなるのだと安堵し、侍女は貴重な薬を自分に使ってくれたことに感謝しお礼を言おうと顔を上げると反射的に悲鳴をあげてしまい、慌てて手で口を押さえた。
「ひっ……!」
侍女は人はこんな恐ろしい顔をすることができるのかと思った。
伯爵は笑っていたが、その表情は言葉で説明するのが難しいくらい凶悪で死を感じるものだった。
伯爵は侍女の様子がおかしいことに気づいた。
怪我を治してやったのに、なぜそんな目で自分を見るのかと腹が立ったが、エニシダが作った薬を再現できたのをしれた瞬間なので、許すことにした。
こんな時まで無能な使用人を躾ける必要はないと思ったからだ。
伯爵はお礼を言えない侍女に心の中で舌打ちしながら、笑みを浮かべたまま「大事にな」と言ってその場から立ち去った。
国王に薬の効能が戻ったことを知らせるため、部屋に戻って手紙を書いた。
黒魔術で効能を同じにするとはいえ、それ以外は魔法を使って作業することはできないので、伯爵は返事が返ってくるまでの間、黙々と薬を作り続けた。
本当は使用人達に手伝わせたかったが、黒魔術を使ったことを気付かれるわけにはいかなかったので、一人でやるしかなかった。
三日後に手紙は国王の元に届いた。
返事はその四日後に届いた。
伯爵は国王からどんな称賛の言葉が綴られているか楽しみで封を開けると、紙を取り出し、内容を読んでいった。
そこに書いてあったのは、なるべく早く薬を大量に作れ、だけ書いてあった。
称賛の言葉など一文字を書かれていなかった。
あまりにも傲慢な国王の手紙に腹が立ち、気がついたときには手紙をぐちゃぐちゃに握りしめていた。
不敬罪に問われても仕方ないことをしていた。
そんなことお構いなしに伯爵は国王を大声で罵った。
普段の伯爵なら、誰に訊かれるかもわからないのに大声で国王を罵ることなどあり得なかった。
伯爵は毎日薬を作り、黒魔術を使い、日に日に可笑しくなっていった。
最初は薬作りで疲れているせいだと妻と娘、使用人達もそう思った。
だが日が経つにつれ、顔はやつれ、肌は荒れ、元々の性格から更に暴力的になり、口から出てくるのは他人を罵る言葉だけになっていた。
伯爵自身も何かおかしいと思っていたが抑えることが出来ず、気づけば人を殴り罵っていた。
使用人達はそんな伯爵を見てもおかしいとは思わなかった。
伯爵がそういう人間だと知っていたからだ。
今まではエニシダがいたから自分たちは手を挙げられなかった。
彼女が消えたから矛先が自分たちに変わっただけだと我慢するしかなかった。
逃げたくてもこの領地にいる限り逃げられない。
使用人達は我慢するという選択肢しか残されていなかった。
虐める側から虐められる側へと変わり、最悪な環境に慣れ始めた頃、伯爵が国王から呼び出された。
その朗報に使用人達は喜びを隠せなかった。
久しぶりに殴られない怒鳴られない日々を過ごせることができるのだから。
だが、彼らは知らなかった。
それが悲劇の始まりを起こすものだったとは。
※※※




