第80話 エシャの覚醒⑦
彼女は、横に倒れたまま、ぴくりとも動かない。
「…エ…シ…」
声にならない声を掛けながら、彼女に手を伸ばした。
その表情はあどけなくただ眠っている様にも見える。その顔に手を伸ばしたその瞬間
「あーあーあー、いーったい! クソだ、クソ」
大声を出しながら、彼女がムクリと起きあがった。
唖然としているこちらのことなど気にも留めず、
「駄目だ、折れてないね。」
何事も無かったかのように、肩や背中に手を当てている。
「ヒビも入ってない?」
そう言って、こちらに背中を向けている。
「…よか…」
もう、無理に喋るのはやめよう、彼女は無事だったみたいだし。
翼の付け根や他の部分もよく見たが、漆黒の闇の様なその翼には、ヒビはおろか傷すらも付いている様子は無かった。彼女の方に向かって首を横に振った。
「ええ~、あと何回やれば良いんだよ、全く。」
「…もう、ちから、コントロール…出来て…るんじゃ…」
声を発するだけで、喉だけでなく内臓も痛む。
「うーん、今はね。さっき大量に放出したのと、防御にも使ったから、結構消耗出来た。でも、体内で勝手に力が作り出されている感覚があるんだよ。多分、直ぐに溜ってコントロールが難しくなると思う。」
あれは攻撃を完全に防御出来ていたか?ダメージ受けてる感じがあったけど…でも、パッと見た感じでは、傷もダメージも受けて無さそうに見える。と思ったが、たった今、彼女の口元から赤いものが流れるのが見えた。
「…う、ダメージゼロではないっぽい…翼の付け根に当たっただけなのに…何でだろう?」
そもそも翼は肉体の一部ではなく、力で作り出すものだ。そうであれば、翼にどれだけ損傷を負った所で肉体には影響がないようにも思うが、そうではない所が厄介だ。何か訓練をして翼が作れるようになるわけではなく、ごく自然に息をしたり、歩いたりする感覚で翼は作れる。これはそう言う種族に生まれたと言うだけの事である。そして、翼にひびが入ればそれは相当痛い。もがき苦しむほど痛いことも有る。
白目を剝き掛けていたが、気合と根性で正気に戻った彼女が、再び攻撃態勢に入った。
「もう少し遠くに行って。そこじゃ近い。」
…え…、でも、まあ、良いか。
そう思いながら痛む体で立ち上がり、眩暈を感じながらも歩いて、少し離れた。
「さっきみたいな、四つん這いの方が狙いやすいな。」
…え…、まあ、良いか。
そう思いながら、四つん這いになった。
…何か忘れている気が…
そう思っていたら、再び彼女の攻撃が自分の背中のスレスレを掠めて行くのが分かった。
その数秒後に再び彼女が無言で横に倒れた…
そうだ、これで彼女が死ぬようなことがあったら、自死になってしまう。そしたら、もう生まれ変わってくることが出来なくなってしまう。
実行者をやめるためには二通りの方法がある。まずは、辞めると宣言する方法。実行者でいる間は、大体四十才前後で亡くなり、その数年から十数年後に地球に生まれ変わって来る。そして、辞めると言って、それが受理されると、自分の天寿を全うして最後の人生に幕を下ろすことになる。その時は、一人一つ願いを叶えてもらえることになっている。その時にお願いすることは既に決めてある。まあ、その事はさて置き、もう一つの方法は自ら死を選ぶことである。その場合、実行者を辞退したとみなされ、もう生まれ変わってくることは無い。
再び、立ち上がり彼女の側に歩み寄った。
「…エシャ…違う、方法…考え…よ…」
そう言いながら、倒れている彼女の横に膝をついた。
「…他?…何で?他に良い方法あるの?」
横になりながら、目だけをこちらに向けて彼女がそう言い返してきた。口元からは赤いやつが流れている。良い方法何てわからない。だから首を横に振った。
「じゃあ、ダメじゃん。これを続けるしかないじゃん。」
…じゃん?そんな語尾だったっけ?まあ、いいや。
「…じし…になるか…も…」
「石?になるかも?何、訳のわかんない事を言ってるの?」
そう言い返されて、再び首を振った。
「…じ…し…」
「GC?何かの略語?GC…ガスクロ…な訳ないか。ガッツ…ココナッツ…」
微妙に韻を踏んでいる…てか、んな訳ないだろう! 言い方を変えよう。
「…じさつ…」
「じ、さ、つ…ああ、自殺…なんでそうなるの?死のうなんてこれっぽっちも思ってないもん、これで万が一死ぬことがあっても、そんな扱いされる訳ないよ。ヒオスは考え方が悲観的で保守的なんだよ。」
心配しているのに、何故に辛辣…ちょっと悲しくなった。
「…ごめん、心配してくれたんだよね。でも、問題ないはずだよ、似たようなことで死んだことあったけど、大丈夫、こうして生まれ変わってこれてるし。」
はあ…当てずっぽうではなく、経験則から言っているのならば、まあ、良いか。彼女と一緒に居ると、なぜか、まあ、良いかと思ってしまう事が多い気がする。
いや駄目だ、それでどれだけ痛い目にあった事か。自分でちゃんと判断せねば。
横で、彼女がムクリと起き出した。
「うーん、やっぱり、勝手に力を作り出している。どうしてだろう?」
自分も彼女の横に座り込み考えた。
それはまさに力の発電所の暴走である。この後、どれだけ力を消耗させようとも、勝手に発電所が力を作り出してしまっては、作っては消費するを繰り返す、いたちごっこになってしまう。そして、最後には体力が尽きて、力を消費することができなくなり、貯まり過ぎた力が爆発してしまうだろう。
力は下腹のあたりで作られる感覚がある。翼で力が作られている訳ではなく、翼は力によって作り出されたものに過ぎない。そこに力を籠めることは出来るが、翼を切断出来たとしても発電所を止めることにはならない。だからと言って、腹の辺りをあの勢いで攻撃すれば、命が危ない。
どうすれば発電所の暴走を抑えられるのか?原因が分からないので何とも言えないが、彼女は見た目よりもかなり焦っているはずだ、と言うことは何か精神的なこが要因になっている可能性も無きにしもあらず…
「…めいそ…ん、…うぐ…」
瞑想と言いたいけど、喉に何かが詰まってそれ以上声が出ない。ずっとこのままなのかな…不便だな。
「めいそん?フリーメイ〇ン?」
首を横に振った。
「ああ、瞑想!」
首を縦に振った。
「…そうねえ、やってみるか。」
彼女も打つ手が思い浮かばないのだろう。割とあっさりと承諾して、胡座をかいて目を閉じた。
「青い炎が凄い勢いで燃え上がっている。」
暫くすると、彼女は目を閉じたままそう呟いた。
また暫くすると彼女が呟いた。今度は手が震えている。
「体を覆いつくすほどの大きな大きな火柱…飲み込まれる…」
そう言う彼女の口からは、赤い血が垂れ落ちている。二度の凄まじい衝撃で本当はかなりのダメージを食らっているはず、そこを気合いと根性で何事も無かったかのような振りをしている。しかも、まだ子どもの体で、普通ならば耐えられる衝撃じゃない。
震える彼女の手をつかんだ。
「怖い、怖いよ、火に焼かれちゃう…逃げなきゃ、助けて…」
急に子どもの様な言い方に変わった。
「…怖くない…大丈夫…その火は…熱くない…」
自分もどうにか心と体を落ち着かせて、彼女に声を掛けた。出来るだけはっきりと話し掛けた。
「…でも、熱い、怖い、燃えちゃう…助けて、ジョシュア…」
「…大丈夫、僕はここに居るから…怖がらなくても…大丈夫だよ、来海…」
来海が強く手を握り返してくる。
「怖い…」
自分も掴んでいる彼女の掌を少し強く握り返した。
「…一緒に行こう…」
「うん」
彼女の青い炎はどこまでも大きく大きく燃え上り二人を包んだ。
自分も彼女の大きな大きな青い炎に飲み込まれていく感覚を覚え、一瞬恐怖を感じたが、もしもの時は彼女と一緒だ、そう思うと恐怖は徐々に和らぎ消えてなくなっていった。
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