第79話 エシャの覚醒⑥
「…来海、今、何か言った?」
来海に目をやると、震えながらも凄い力で腕を掴んで来た。物凄い力で掴まれ、痛みに思わず声をあげそうになったが、どうにか堪えた。
「…だから、これまずいって…」
腕を掴んだまま、歯を食いしばり、必死に何かに抗っている様に見える。
「…具体的にはどうまずくて、僕に出来ることはある?」
半信半疑になりながらも、万が一を想定して来海に尋ねた。
「う…う…体中の血が滾ってるみたい、力が抑えられない…、でも…でも…」
そう言ってはっきりと焦点が合った目でこちらを睨み付けた。
「でも?」
そう尋ねると、
「絶対に、絶対に、………イヤ!イヤなのー!」
あらん限りの声で叫び、腕を掴む手にもあらん限りの力を込めて来た、本気で腕がちぎれそうだ。でも、この状況では我慢した方が良さそうだ。
「私、決めてたの…絶対に同じ轍は踏まないって!」
「…それで、何か策はあるの?」
「…」
何も答えずに、苦しそうに睨み付けて来る…余り期待はしてないけど、
「…こういうことはねえ、気合いと根性で乗り切るのよ…」
思った通りの答えが返って来た。とは言え、自分も何も思い浮かばない。今は、彼女の気合いと根性に掛けるしかなさそうだ。
「賛成、気合と根性で乗り切ろう」
多分、彼女は気合いと根性で記憶を取り戻したのだろう。二度と同じ轍は踏まないと言う誓いの元に。七歳で記憶が戻ったと言う話は聞いたことがない。自分がそう言う例を知らないだけかもしれないが、そうそうある事ではないはず、流石はエシャ。
何も思い浮かばないとは言え、兎に角、彼女がコントロール可能なレベルまで力が弱まれば良いのだ、力を少しずつ外に出す方法を考えよう。
「どうにか、少しずつ力を放出することは出来ない?」
「無理、コントロール出来ない!」
即答された。
「こっちに渡すことは?」
「だから、コントロールできないって言ってるじゃない!」
「コントロールしなくていいよ、そのまま渡して。」
そう言って、彼女の小さな右の掌を掴んだ。
「死ぬよ…」
「凄い自信だね。じゃあ、試してみてよ。」
とは言ったものの、現に彼女には過去に二度ほど葬られている。一回目は何の躊躇もなく割とあっさりと、二度目は致し方ない状態だった。
「イヤだ」
そう言って彼女は目を固く瞑って、首を横にイヤイヤと振った。
「どっちにしたって吹き飛ぶんだから、まだ可能性がある方がいいよ。ほら、早く。」
そう言って彼女を促したが、目を瞑って首を横に振っている。そうやっている内にも彼女の漆黒の翼は少しづつ広がって行く。それでも彼女は目を瞑って首を横に振り続けている。
自分の中で自分の力を押さえつけているのだろうが、それも限界なのだろう。記憶が戻ったにもかかわらず力のコントロールが出来なかったとなっては、益々、ナキの思う壺だ。ここは仕方がない。
彼女の唇に自分の唇を重ねて、思いっきり息を吸い込んだ。
吸い込むと同時に、想像を超える、焼けるような熱さが気道を物凄い勢いで駆け抜けた。それでも吸えるだけ吸って、限界と共に彼女の唇から自分の唇を放した。
そして、膝をついて、思いっきり吐血した。
「…ぐぅあ…」
ああ、声が出ない。
目の前の真っ白な地面を自分の血が赤く染めて行く。息が苦しい、胸が焼けるように痛い。
「…何、やってんの…」
彼女はその場にしゃがみ込んで、こちらを睨み付けている。
「…どう…少しは…楽に…なった…?」
声が上手く出せない。
「…う…ん、言われてみれば…」
そう言って彼女は立ち上がろうとしたが、直ぐに、しゃがみ込んだ。
「ダメ、動くと漏れそうになる」
「…え…」
「力がよ…」
分かってるよ。心の中でそう言い返した。
大きな漆黒の翼は、まだ少しづつ広がっている。
もう漏れるならば漏らせばいいんじゃない?そう思い声を発した。
「…漏れるならば…」
「え?…多分、盛大に漏れると思う…まだ、そこまでコントロールはできなさそう。」
「じゃあ…翼に、力を集中…ゲボッツ…」
無理に喋ると吐血する。
「…翼? あ…、そうだった…」
もしかして、それの存在を忘れてたの?
「これを折っちゃえばいいんだ。」
「…え…」
「ここに力を集中させて、折っちゃえばいいのよ。」
何を言ってるの?この人。
力増しましのあなたの翼をへし折れる人間がいると思っているのだろうか?ロンズデーライトよりも固いその翼を。
「知ってる?この空間って、誰かに攻撃すると、その攻撃が自分に返ってくるっぽいの。」
「…知ら…な…ぃ…ガホ…」
律儀に答えてしまった。そして吐血。
こんなただの連絡通路みたいなところで、誰かに攻撃するような状況になったことなんて自分はない。って言うか、エシャはここで誰かに攻撃した、またはされたことがあるのか。どんな状況だったんだ。
今、その話はさて置き、彼女は少し前よりは力のコントロールが出来ている様に見える。内臓が焼けるような思いと、吐血するほどの痛手を負った甲斐があった…と思いたい。
「ぐううぅ…ぎゅうぅぅ」
どうやら気合をいれて、力を翼に集中させているらしい。
そして、その黒い翼がみるみる広がって行く、逆にまずい状況になっているような気もするが…そして、ここからどうするつもりだ?
誰に攻撃をするんだ…あ、私か…
「背中すれすれ狙うけど、当たったらごめん。」
そう言いながら彼女はこちらの背中を目がけて、強力な念を込めて攻撃してくる。当たったら確実にあの世行だ…
四つん這いになっている自分の背中を彼女の攻撃が物凄い勢いで掠めて行く。翼に殆どの力を集中させながら、それとは違う力で攻撃している。コントロールが出来ないと言っている割には、上手く力を分散させている気がするのだが。
彼女自身に当てるための攻撃…もし、それで彼女が死んだら、自死になるのか?それはまずい…物凄くまずい…
だが、彼女の攻撃は何にも当たらず消えてしまった。
あれだけの力が消えた…この空間が吸収してしまったのか?
そして、彼女が言っていた話が本当ならば…
四つ這いの態勢まま、彼女の方に目をやると、その瞬間、凄まじい何かが彼女に激突した。彼女の背中に当たった。その勢いでしゃがみ込んでいた彼女は無言のまま横に倒れた。
「…エ…シャ…」
どうにか上半身を起こし、彼女の側に這様にして近づいた。
翼に損傷はないように見える。だが、あれだけの凄まじい攻撃を受けて、あんなに小さい体が無傷な訳がない、体の内側全体に広がる内臓の痛みよりも、胸が痛い、これは肉体的な痛みじゃない精神的な痛み。
自死は絶対に駄目だ。もう、会えなくなってしまう…
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