第78話 エシャの覚醒⑤
さて、どうしたものかな…
記憶が戻っていないのに、羽が出て来てしまっている…多分、力だけが先に覚醒している状態なのだろう。
以前、彼女がエシャの記憶が戻っていない状態で力だけが覚醒し、暴走したと言われている時の詳しい状況を自分は知らない。彼女もその時の記憶はないと言っていた。例え無抵抗だったとしても五番目の神ソナイが消滅するくらいの力だ、ここでその時と同じ状況になったら、何がどうなるんだろう?
…ガーデンに戻ればイムナがいる。彼ならば…、あの時も事を収めたのはイムナとヌアだったと聞いている。反対する三番目の神ナキを説得し、彼女がそれまで通り実行者として存続できるようにしたのも二人だったらしいし…ヌアは妹の事があったからエシャを庇ったのだろうが、イムナは以前からずっとエシャを守って来た…
結局、自分一人ではエシャを守れないのか…イムナに頼らなければ、彼女を守ることすら出来ないのか…
今は、そんなことを考えている状況じゃない…それは、わかっているけど…
「ジョシュアも、頭が痛いの?」
「え?」
「苦しそうな顔してる…」
「僕は大丈夫、ごめんね、心配させちゃって」
来海に心配までかけている。ダメだな…
「下のお部屋に行こう、静かで落ち着くよ。」
そう言うと、来海は小さく頷いた。体が物凄く熱いし、ずっと苦しそうにしている。羽はさっきよりはっきりと見えている、まだ広げてないけど、小さな体に不似合いな程大きな羽だと言うことは分かる。確実に力が戻っている。
彼女の羽が壁に当たらないよう注意しながら、地下室への階段を下りた。
あの様子からすると、明は、花沢さんに電話をしないかもしれない。念のため電話しておこう。
「もしもし」
「あ、花沢さん! さっき病院から電話があって、来海の病気が、原因不明の感染症かもしれないって連絡だったの。だから、今日は花沢さんはこのまま家に帰って、自宅待機していて欲しいんだ、迷惑かけて本当に申し訳ないけど。数日たっても症状が出なければ問題ないだろうって。」
「え!そうなの?」
「花沢さん、体調は大丈夫?」
「ええ、私は大丈夫よ。」
「それなら良かった。明にはギンちゃんを連れて家に帰ってもらったから、家は大丈夫。また、何か情報があったら連絡するよ。」
「ジョシュア君は、このまま来海ちゃんの看病をするの?」
「うん。僕は大丈夫。あと、中島さんにも、こちらから連絡あるまで家には来ないように伝えて置いて欲しいんだ。」
「それはいいけど…無理しちゃ駄目よ、何かあったら連絡頂戴ね。」
「花沢さん、いつもありがとう。」
「ジョシュア君…」
「あ、来海が呼んでる、電話切るね。じゃあ。」
花沢さんはこれで大丈夫かな。
あと、明が家に戻ってきても、留守だと思わせるために、家の鍵は全て閉めて置こう、電気も付かないようにブレーカーを落としておこう。少し念を込めると、パチンと言う音と共に、家中の鍵とカーテンが閉じた。電気のブレーカーも切れて、今までほんの少しだけ響いていた電気製品の音が消え、家の中は静寂に包まれた。
地下室の鍵は手元にない、だが、彼がドアノブに手を掛けると鍵は開いた。扉を開けて暗い部屋の中に入る。
あの鍵のありかをギンちゃんにだけ教えていた。もし、ユーリーが何かの理由でガーデンに戻らなければならなくなった時に、役に立つかもしれないと思って教えたけど、ユーリーは分かるだろうか?
「このお部屋、暗い。怖い。」
「大丈夫、目を閉じていれば一緒でしょう。」
「一緒じゃない、怖い。」
「じゃあ、目を閉じて、数を数えよう。二十まで数えたら目を開けてみて、そしたら、怖くなくなるから。」
そう言って頭を撫でると、来海は小さな声で数を数え始めた。
「いち、に、さん、し、ご、ろ、な、はち…」
数えるペースが異様に早い…それじゃあ、二十じゃ足りないなあ。
「もっとゆっくり、ゆ~くり、数えて。」
そう言うと、凄くゆっくり数え始めた。
「きゅ~~~~う…、じゅ~~~う…、」
苦しそうに、ゆっくりと数を数える来海を抱えて、壁に手を当てた。手を当てた辺りに文字が青く浮かび上がる、その文字を声に出して読み上げ、壁に足を踏み入れた。来海が一緒でも中に入れそうだ。そのまま、壁の中に入って行った。
「じゅ~~~うろく~~~う…、じゅう~~~な~~~な…、」
まだ数えてるよ。
「に~~~~~~~~じゅう…もう大丈夫?目を開けても暗くない?」
「大丈夫だよ。目を開けて。」
そう言うと、来海はぎゅっと閉じた目をゆっくりを開いた。
「…暗いよ、暗いままだよ…」
彼女は焦点の定まらない眼差しでこちらを見ている。
目が見えてない様だ。記憶がないままここに来たせいだろうか、熱のせいだろうか、それとも、他に何か要因があるのだろうか。分からないが、彼女を落ち着かせないと。
「ごめんね、電気のスイッチがみつからなくて。」
「じゃあ、何で大丈夫って言ったの?」
苦しそうだけど、すこし拗ねたような声でそう言った。
「何でだろう。大丈夫だと思ったんだよ。」
答えになってないけど、明るいトーンで淀みなく会話を続けよう。
「そういう所あるよね。」
「そうかな。」
エシャに言われ慣れたセリフだ。
僕が適当な返事をすると、彼女が返してくる言葉。何だか懐かしい気持ちになった。こんな状態なのに、結局は彼女に和まされている。
ここは、地球とガーデンのある空間の狭間のような場所。ガーデン側の人間はこの空間に入ることが出来るが、地球側の人間は基本入ることは出来ない。ガーデン側の人間と地球側の人間をどう区別するかと聞かれたら、正直わからない。今の来海はどちら側なのだろうか?だが、この空間に入ることが出来たと言うことは、ガーデン側の人間と判断されたのだろうか?でも、目が見えていないのが気になる。
何もない明るい空間。重力も地面も空もある。遠くの方には地面と空の境目が薄っすらと見えるが、その境目はとても曖昧だ。地面も空も白く眩しい。
どの方向に進んでも、このまま進めばガーデンにたどり着く。
「すこし座ろうか。」
そう言って、来海を抱きかかえたまま地面にしゃがみ込んだ。
熱も高いし、苦しそうに見えるが、さっきよりも落ち着いている気がする。
「…心臓の音が聞こえる。ドクンドクンって…」
そう言いながら、来海は腕の中で丸まっている。このまま落ち着いてくれればいいのだけれど。
もし、彼女の力が暴走しても、ここならば地球にもガーデンにも影響は及ばないはず、だけど…この空間は壊れるかもしれないなあ、この空間の仕組みは結局、何も分からなかったけど、ここが壊れたらどうなるんだろう…まあ、その時はその時…かな…はは
前回の暴走事件の際は、切掛けを作ったのがヤガであることが明白だったたこともあり、ナキを説得することが出来たと聞いている。ヤガの仕業だと分かるような証拠があったんだろうけど、それが何かは教えてもらえなかった。一介の実行者が、一方的に神に質問をすることはタブーとされていて、それを破ると何が起こるか分からないと言われている。しかし、それを破ってヌアに尋ねてみたが、彼の答えは『イムナがその証拠を破壊してしまった。具体的には分からないが、イムナがそう言うのだから私は信じる。』であった。そして、その後は別に何も起こらなかった。
イムナにも尋ねてみた。彼の答えは『それは、力を高める作用がある。記憶よりも先に力だけが戻った上に、力が高められてしまった幼いエシャは、高まった自分の力をコントロールが出来なくなってしまったのだろう。』であった。
力を高める作用があるもの…それを、ヤガが幼い記憶が戻っていないエシャに手渡した。
今回もヤガの仕業だとして、今、ヤガはエデンのどこかに幽閉されていると聞いている。そんな彼女が来海にどうやってその何かを渡すことができるのだろうか?それに、あの時は、彼女は自分自身が神になるためにソナイを自暴自棄の状態に陥れ、エシャの力を使ってソナイを消滅させたと聞いている。それでも、彼女は神になれなかった。今の彼女にエシャを暴走させる理由はないはず…それとも、他に何か企みがあるのだろうか、または、ただの憂さ晴らし?
何の情報もないままで考えても分からない。ただ、ここで来海が暴走したら、これが二度目になってしまう。そして、今回は原因が分からない。ナキはずっとエシャを危険人物とみなし、事ある毎に彼女の存続に異を唱えている。彼に口実を与えることになる。誰の目にも触れずに彼女をイムナの元に運ぶには...
そして、今回は暴走させる訳には行かない。だが、彼女の力は強い。自分の力では暴走状態の彼女を抑え込むことは出来ないだろう。
腕の中で熱と頭痛に耐えながら眠っている彼女に目をやった。
やっぱり少しだけど、上の部屋にいた時より落ち着いている。
この空間が彼女にいい影響を与えているのか?それとも、家から離れたせいか?家のどこかに彼女の力を強める物があったのか?
「熱い…お水…」
もそもそしながら、顔を上げて小声で呟いた。
「お水かあ、ちょっと待ってね。」
ペットボトルでも持ってくれば良かったな…今ならば落ち着いているし、ちょっとだけ取りに戻るか。そう思い立ち上がり、後ろ向きのまま引き返し、地下室に片足を踏み入れ、地面に足が付いていることを確認して、そのまま地下室に戻った。真っ暗だ。
突然、来海が唸り声をあげて、体を硬直させた。
「グ…ゥ、痛い…い、」
まずい、こっちに戻った途端に悪化したように見える。
もう一度、壁に手を当て、浮かび上がった文字を読み上げ、壁に片足を入れた。再び狭間に戻ったが、来海の様子はおかしいままだ。硬直したまま震えている。
「来海、来海、聞こえる?」
呼びかけに反応せず、硬直したまま震え続けている。
「…これ、まずいかも…」
低めの女性の声がした…
え?今のは?誰?
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