第109話 ひいおばあちゃんの初恋①
今回から、また、日常の生活の話に戻りました。
宜しくお願いします。
「曾祖母の誕生会があって、こんなもの渡されたんだけど…」
そう言って、丸茂先輩が古いノートをテーブルの上に置いた。
丸茂先輩は、記憶が戻ってからはちょくちょくと、ジョシュアさんの家に顔を出すようになった。今日は金曜日、このまま夕飯を食べて、飲んで、泊っていくのだろう。
テーブルに置かれたノートを手に取ってみる、表紙には手書きで日記帳と書かれている。
「ひいおばあさんの日記帳ですか?…蒔田早苗…ひいおばあさんのお名前?」
「そう、ひいおばあちゃんの結婚前の名前。それでね、笑顔でこれを渡されて、感想を教えてねって言われたんだけどさあ…」
「日記の感想をですか?」
「そういうことだよね…今100歳なんだけど、痴ほう症だから、何を思ってそう言ってきたのか確かめようがなくて。僕にはとっても良くしてくれたひいおばあちゃんだから、彼女の意に沿った感想を伝えたいんだけど…」
「じゃあ、素直に感想を言えばいいんじゃないですか?それにしても、100歳ですか、凄い!」
そう思い、ノートを開らいた。
~~日記~~
毎年、どこかの別荘で夏休みを過ごす。友だちもいない別荘で過ごすのはとても退屈だけど、母は別荘で過ごすことを楽しみにしているから、仕方がない。退屈だと父に言ったら、日記でも書けと言われたので、書き始めることにした。
私は、何事も三日坊主だから、わざわざ日記帳を買うのはお金の無駄だと思ったので、父からもらったこのノートに日記を書くことにした。
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ちょっと不思議に思いノートを数ページめくった。やっぱり、無い。普通の日記にあるものがない…
「この日記、日付がないんですね?」
「そうなんだよ、早苗おばあちゃまは、よく言うと合理的だから、自分が不要だと思ったものや興味がないものは、例え一般的には必須事項と思われるものであっても書かなかったんだと思う。日付もそうだし、人名も人によってはずっと代名詞なんだよ、この日記。」
「じゃあ、随分と漠然とした日記になってるんですか?」
「そうなんだよ…書いた時期はある程度推測はできるんだけど、多分、1940年前後。戦争が激化する前で、早苗おばあさまが十代前半にはなってる時期だと思うんだ。」
「文章の感じからして、十代前半にはなっている感じですもんね。」
「ねえ、馬場が読んで感想を聞かせてもらえないかな?」
「え?私の感想ですか?でも、勝手に日記を他人に読ませるのはどうかと…ちょっと、読んじゃいましたけど。」
「他愛ない夏休みの出来事しか書かれていなかったから、問題ないと思うよ。早苗おばあちゃまだって、ダメとは言わないと思うよ。」
「そうですか…だったら、謹んで読ませていただきます。」
なんかちょっと気持ち悪いけど、ちょっと興味はある。
「そうそう、多分、早苗おばあちゃまには好きな人がいたんだと思う、その人の事も書かれてるけど、具体的にどこの誰かまでは書かれていないから、それも問題ないと思うよ。」
「え?恋バナ?」
ちょうどそこに、来海ちゃんをスイミングにお迎えに行っていたジョシュアさんが戻ってきて、嬉しそうに話に加わった。
「多分、ジョシュア君が好きそうな、淡い初恋系の話だよ。でも、具体的なことはあまり書かれてないけどね。」
丸茂先輩がそう答えた。
「いいね、そう言う方が想像を掻き立てられるから。」
ジョシュアさんが嬉しそうに答えた。
「淡い初恋ですか…もしかすると、そのことについて早苗おばあちゃまは丸茂先輩の感想を聞かせて欲しいのかもですね。」
何となくそう思った。
「どうして?僕に?」
丸茂先輩は細い目を丸くしてそう言った。
「どうしてかはわかりませんが、一先ず読ませていただきます。」
~~日記~~
家に居てもつまらないので、文江と一緒にパンを買いに行った。受け取ったパンを犬に取られてしまった。文江が泥棒犬を追いかけたが、追い付くわけがない。私はその場に尻もちをつき、犬を追いかける文江を眺めていた。男の人が「大丈夫ですか?」と声を掛けてきた。片手に今さっき犬に奪われたパンと同じ袋を抱え、もう片手を私の方に差し出している。躊躇ったが、その手を取り立ち上がった。何だかんだで、彼は私に持っていたパンをくれた。そして、去っていった。文江はパンも犬も諦めて戻って来た。その悔しそうな顔を思い出すとただただ笑いが込み上げてくる。そして、パンの入った袋を抱えている私を見て、今度はきょとんとした表情になった。文江は本当に面白い。
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「あら、これが初恋の人との劇的な出会いの瞬間かしら。」
いつの間にか隣に座って、来海ちゃんが日記を読んでいた。
「まだわからないよ。」
私も、来海ちゃんと同じ意見だったけど、あえて反対の事を言ってみた。
「そうね、今のご時世だったらパンもらったくらいじゃ恋に落ちないわ、でも、この当時のパンってまあまあの高級品よ。」
「そうか、この当時、パンを日常的に食べられるなんて、まあまあのお金持ちだったんだ。早苗おばあちゃまも、このパンをくれた男の人も。」
「そうね。それに、この文江は早苗さんの家の使用人だと思う。」
「へえ、使用人を連れて別荘に行ってパンを食べる。それは、相当なお金持ちってことだよね?」
私の問いに来海ちゃんが深く頷いた。
~~日記~~
別荘に来ると母は外国人の友人の家を訪ねるのを楽しみにしていたが、今年は多くの友人が国に帰ってしまったと言っていた。それでもドイツ人の友人の家に遊びに行った。母は外国人のお友達の家に遊びに行った帰りに「靴を脱げばよろしいのに」と必ず呟く。はじめのうちは私もそうだなと思っていたが、何度も同じことを言われると、少し煩わしく感じる。母の友人の家は私たちの別荘よりも低い場所にあるが、十分に見晴らしがよい。高い所はいろいろと不便だ、うちは、別荘なので利便性よりも見晴らしを取ったのだろう。母と友人がしゃべりこんでいる間、私は庭を散策することにした。美しい花が咲いていたけど、ほとんど名前も知らない植物ばかりだった。
隣の家は日本人の別荘になっていると聞いたが、今、誰か住んでいるのだろうか?そんなことを考えながら庭にあるベンチに腰を掛けて、本を読んでいたら、隣の住人らしき人物が帰って来た。車から降りてきたのは二人、背格好は似ていないが顔は似ている。年のころから兄弟かもしれない。一人は、私にパンをくれた人だった。
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「やっぱり、この人だね。来海ちゃん。」
他人事なのに謎にテンションが上がる。ここから早苗さんの恋が始まっていくのか~
「そうね。先を読みましょう。」
上品ながらも不敵な笑みで来海ちゃんが先を促した。
今回のお話はいかがでしたでしょか?
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毎週水曜、日曜日の14時半更新中う
漫画家の佐々木倫子先生の忘却シリーズが好きで、そこに代名詞の迷宮という話がありました。人の顔が覚えられない主人公と、その主人公に頼られっぱなしの友人。確かうちに漫画があったはずと思って探したのですが、見つからず。
今回は代名詞に振り回される系の話をと考えています。よろしかったら続きも楽しみにしていただけると嬉しいです。




