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第110話 ひいおばあちゃんの初恋②

 ~~日記~~

 母がドイツ人のお友達からアップルシュトゥルーデルなる菓子の作り方を習うことになった。自分もまた母と一緒にその時に訪れる。帰り際に隣の家の庭で先ほどの二人が犬と遊んでいる。彼が「ジョン、お手」と言うと、その犬は伏せをした。そういうふうに躾けているのだろうか?彼がこちらに気が付き会釈をした。私は、パンのお礼を言わねばと思い、こちらから声を掛けた。すると彼は、「ああ、あの時の方でしたか?お怪我はありませんでしたか?」と答えた。紳士的な対応の人だなと思った。もう一人が「こないだのパン泥棒の被害者の方ですか?」と声を掛けてきた。被害者とは大層な物言いだなと思ったが、「そうです」と答えた。すると彼は「それは災難でしたね。この辺も野犬が多いのでお気を付けください」と言った。この二人はどちらも長身だが、一人は細身で、もう一人は少し太めだ。パンをくれたのは細身の方だった。そんな話をしていたら、郵便屋がやってきた。すると犬は郵便屋に向かって猛烈にほえた。そんな犬の頭に彼がシャモジを当てると、不思議なことに犬は泣き止んでしまった。不思議に思い「いつもシャモジを持ち歩いているのですか?」と彼に尋ねると、「犬のために、いつもポケット入れております」と彼は答えた。きっと冗談だろう。シャモジをポケットに入れて持ち歩く男などこれまでに出会ったことがない。

 ~~~~~


「本当に取り留めのない話だね。まあ、日記なんてこんなものか。」

 犬の頭にシャモジってと思ったけど、特段恋が始まるような話でもない気がしてそう言った。


 すると、来海くるみちゃんが、

「いやあ、わざわざここでどちらの男の事も彼と言っているあたり、どこか気恥ずかしくて、何かをごまかしたい気持ちの表れかもしれないわよ。」


「え?そうかな?単にまだ名前も知らないだけじゃないのかな?」


「まあ、そうかもしれないけど、私ならば、背の高い方がとか太めの方がとか、何か特徴を記載すると思うのだけど、この人はどちらの事も彼と言ってる気がする。」


「ふ~ん、でもただの日記だよ。誰が見るものでもないのにわざわざわからないようにする必要あるかな?」


「う~ん、誰かに見られた場合というのもあるかもだけど、自分の中で気恥ずかしくって、ちょっと濁しちゃう事ってない?そんな気持ちの表れかなって、ちょっと思った。でも、まだわからないけどね。」


 そんな事もあるのか?と、ちょっと半信半疑な気持ちで日記を読み進めた。



 ~~日記~~

 母のドイツ人の友人の家の隣に、先日パンをくれた人が住んでいることを文江に話した。文江は大変興味を持ち、「パンの恩人に会ってみたいものです。」と三弁言った、そして、「その方は細身で紳士らしい方だとおっしゃっていましたけど、お名前や職業はお聞きになったのですか?」とも尋ねた。「聞いてはいない。それに、別荘だからか表札もなかった」そう答えると、とても残念そうに「そうですか」とだけ言った。申し訳ない気分になり「今度、母が菓子作りに行く際に、機会があれば名前と職業を訪ねてこようか?」と言うと、文江の表情はぱっと明るくなったが、直ぐに「いえ、そんなことを女の方から尋ねるものではありません、はしたないと思われてしまいます。お止めになった方がいいです。」と言った。



 再び母とドイツ人の友人の宅を訪ねた。今日はお菓子作りを教わるということで、始めから台所に通された。うちの台所では見たことがないような器具が置かれており、いったい何に使うのか分からないものばかりであった。すでに、材料が用意されていた。私は母の隣に腰かけ、お菓子の作り方を聞いていたが、どうせ作るのは母なのだからと、途中から聞くのをやめて窓の外を眺めた。窓から隣の家が見える。説明が終わったので私はトイレに行くと言って、台所を離れた。隣の家の庭で彼が犬に何やら芸をさせようとしているのが見えた。私は、近くまで行ってその様子を眺めた。彼が「ジョン、お手」というと、犬は素直にお手をした。先日はお手と言われて伏せをしていたのに、随分と成長したものだと感心をしていると、彼が私に気づいて。「今日もこちらのお宅を訪ねていたのですね。」と声を掛けてきた。「はい、母がお菓子作りを教えてもらっています。」と答えた。すると彼は「どんなお菓子ですか?」と尋ねた。「アップルシュトゥルーデルという林檎を使ったお菓子です。」と答えた。「それは美味しそうなお菓子ですね。食べたことありませんけど。」と彼が言った。「私も、食べたことも見たこともないんです。」と答えると、彼は、不思議そうな表情をした後に笑いながら「それでは、今日、生まれて初めて見て、食べるお菓子になるのですね。それは楽しみですね。」と言った。

 ~~~~~~



「恋の始まりって、こういう他愛のない会話からなのかもね。」

 来海ちゃんがポツリとそう呟いた。


 それを聞いて、自分の事を思い返した。

 銀ちゃんと初めて話したことって…そうだ、節分がどうとかって話だったと思う。確かに、本当にどうでもいい、他愛のない会話だったな。そう思うと、何だかこの日記の二人の会話がとてもキラキラしたものに感じられる。


「ねえ、来海ちゃんとジョシュアさんはどんな会話だったの?」


「え?どんな会話だったか?確かね…ジョシュアが家にどすこいマッチョシールを沢山持ってやってきたの。だから、ありがとう、どすこいマッチョシールのお兄さんって言ったわ。」


 …そういえば、ジョシュアさんが本間さんとの出会いを教えてくれた時に、そんな話もしていたな…


「へぇ…でも、それって、まだ恋の始まりじゃなかったんだよね?」


「そうね、その事は別に好きな男の子がいたし、お父さんの友達の金髪のお兄さんって位にしか思ってなかった。」


「じゃあ、エシャさんとヒオスさんとしては?」


「え?…遠い昔過ぎて記憶ないわ。」


「そうかあ。まあ、そうだよね。」


「その前に、私、二回ヒオスの事をヤッてるから、その恨み節みたいなことは言われたような記憶があるなあ…」


「…ヤッてる…いろいろな歴史があるんだろうね…きっと。」


 それ以上、尋ねるのはやめて、再び日記を読み始めた。







今回のお話はいかがでしたでしょうか?

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また、気になった方は★評価、ブックマークもよろしくお願いします。

毎週水曜、日曜の14:30更新中です★★★

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