第107話 ユーリーのお話⑦
処分が決まった後、実行されるまでの間、ヤガはヌアの宮殿の奥の奥の奥の部屋、誰も近づかないようなところに幽閉さることになった。
彼女の部屋には誰も近づかなかったけど、僕は時々気になって彼女の様子を覗きに行った。
彼女はいつも高い窓から見える空を見つめて、水たばこを吹かしながらぼんやりとしていた。ヤガがこちらに気づいて声を掛けてきた。
「おや、ユーリーかい。お前ならば私の話し相手になってくれそうだね。」
そう言って、僕を部屋に招いた。
少し戸惑ったけど、彼女に言われるまま彼女の前に座った。
「ここに住む者で、私の気持ちを理解できるものは殆どいない。でも、もしかしたらお前ならばと思ってね。虫のいい話なのは分かっているけど、聞いてくれるかい?」
彼女にそう問われ、黙って頷いた。
「ありがとう。本当に私はヌアを愛している。ヌアも私を愛してくれている。だから、彼の助けになりたいと思ったんだ。だけど、私の立場では何の助けも出来ない、ただのお荷物なんだよ。だから、神になろうと思った。そうすれば、彼の心の負担や苦しみの肩代わりが少しでも出来るんじゃないかと思ってね。」
そう言って、ヌアは寂し気に微笑んだ。彼女もヌアと同じく黒髪に紺碧の瞳をしている。
そして彼女は話を続けた。
「神の誰かがいなくなれば、自分がその席を埋めるに相応しい者だとずっと思っていた。それは嘘じゃない。だが、今回の件で漸くわかったよ。それが自惚れだったってことに。だから、もう私では彼の役には立てない。ここに居たって、魂だけになって彷徨ったって、大差のないことだ。」
そう言って、また寂し気な表情をした。
僕は複雑な気持ちになってしまった。可哀想って思う気持ちと、自分も神になるって方法以外に何かこの人は思いつかなかったのだろうか?ヌアの事を本当に思っているならば、もっと違う方法だってあったはずなのに…という気持ち。そんな僕の複雑な感情を見透かしたのかどうかわからないが、
「私はね、不器用なんだよ。お前たちのように素直で屈託ない女に生まれたかったよ。その方が、どれほどヌアの心を癒してあげることが出来たか、彼の心の支えになれたかって、何度も考えたよ。でも、そう簡単にはいかないものなんだよ。」
と彼女は言った。
その後は、ずっと彼女との会話が頭の中をグルグル回っていた。
気が付くと彼女の寂し気な表情と言葉を思い出しては、深いため息をついていた。
彼女の言葉は、全てを悟り、諦めたようにも聞こえたが、僕にはそうは思えなかった。何故なら、僕は彼女の瞳の奥に憎しみが住み着いていることに気づいてしまったから。誰かを憎んだまま、魂になって漂うなんて…それを想像するだけで、自分の胸が激しく痛んだ。
「ヤガの代わりに僕が罰を受けるよ。」
悩みに悩み、考えに考え抜いた末にたどり着いた答え。今、それをヌアに打ち明けた。言葉にしてみても後悔はしていない。
「ユーリー、なぜお前がヤガの代わりを申し出るのだ?ヤガに頼まれたのか?」
「頼まれてないよ。僕が考えてそうしようと思ったんだ。」
「自分が何を言っているのか解っているのか?」
驚きと心配の表情のヌアを見て、申し訳ないと思ったけど、
「わかっているよ。僕が肉体を手放して、魂だけになって漂い続ける。」
そう答えた。ヌアは頭を抱えたが、静かに僕に尋ねた。
「…なぜ、そうしようと思ったのだ?」
「だって、人を憎んだまま、魂になって彷徨い続けるなんて、余りにも可哀想だから。でも、僕は大丈夫、誰の事も憎んでない。それに、魂だけになったとしても、ずっとヌアの傍で今までと同じように過ごせばいいだけだから。そんなに、今までと変わりはないと思う。」
それを聞いたヌアが涙を流したように見えた。
「…それがお前の考えならば、受け入れよう。だが、暫くは地球に行ってもらう、そこで暫しの間、最終処分を待ってもらうことになるが、それでもいいか?」
「地球に?」
「ああそうだ。地球だ。」
ずっと思っていた、地球ってどんなところだろうなって、だから、ちょっと嬉しくなった。
「勿論だよ。」
そう答えると、ヌアは少し心配そうに、でも少し嬉しそうに、
「ありがとう。」
と答えた。
気が付くと、僕は見たこともない場所にいた。
なぜか文字が読める。ここは八幡宮という神社のようだ…
ここが地球?
地球は爆発的に人口が増えて、とても危険な場所になっているという話を聞いたことがあったけど、人なんて誰もいない…と思ったら、誰かが赤い門のようなところを潜ってやってきた。
その人に、ここがどこかを聞こうと思って、話しかけた。
「ねえ、ここは地球?」
僕が話しかけても、その人は知らん顔で通り過ぎて行った。
地球の人って人と話をするのが嫌いなのかな?そんなことを考えながらその人の事を眺めていたら、別の人が赤い門をくぐってやってきた。
さっき僕の事を知らん顔した人が、その人に向かって
「おはようございます。今日は寒いですね。」
と言った。言われた相手も
「おはようございます。本当に、今朝は今年一番の寒さらしいですよ。」
と答えた。
僕も話に入りたくなって、二人に声を掛けた。
「おはようございます。これってそんなに寒いの?」
だが、二人は僕の事など見えないみたいに、二人だけで話を続けている。仕方がないので僕は赤い門から外にでて、他の場所も散策することにした。
赤い門を潜り抜けた途端、突然、身震いがした。そして、視線が異様に低いことに気づいた。
なんだか、誰かが僕に話しかけているような気がした…
「え?君は誰?」
僕の中に、僕以外の誰かがいる…何か話かけてくれている様な気がするけど、よくわからない。
「ごめん、よくわからないな…僕はユーリーっていう名前。君は?」
「…ギンちゃん?へえ、ギンチャンって名前なの?」
それだけわかった気がした、でも他は何を言っているのかよくわからない。そうだった、僕は魂だけになって彷徨っているんだった。
そんなことを考えながら、暫く歩いていると、下の方から誰かがギンチャンと呼ぶ声が聞こえた。
「ギンちゃん、おはよう。今日は家で朝ごはん食べて行かない?」
朝ごはん?はて?この人は僕になにを言っているんだろう?そんなことを思っていたが、体が勝手にその人の足元に飛び降りた。そして、その人の足に体を摺り寄せた。
すると、その人が僕を抱き上げて、僕に頬ずりをした。
「捕まえた。もう観念してうちの子になればいいのに。」
そう言って、その人は建物の中に僕を連れて入った。建物の中に入ると、その人は僕を地面に下ろした。僕はその場に座り込んだ。
どうも、体が勝手に動くような気がする。自分の意志とは違う意思で動いている気がする…
カランカランと小さくて茶色い塊が何個も目の前のお皿の上に流れ落ちてきた。それを嬉しそうに僕は見ている…なぜ、こんな茶色い塊を見てうれしくなるんだろう?不思議だ…魂になると、こういう茶色い塊を見てうれしくなるのだろうか?
「はい、どうぞ。沢山食べてね、足りなかったらまた入れてあげる。」
何だろう、変な味…でもなぜか僕は喜んで食べている。まあ、このカリカリという歯ごたえは心地いいかも…
今回のお話はいかがでしたでしょうか?
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