第105話 ユーリーのお話⑤
ヌアが僕たちの記憶を消去した…ラプナとヴォルディナは何処に行ってしまったの?
眠っていたようだ…ここは何処だろう?
起き上がろうとしたが、眩暈がして起き上がれない。
「目が覚めたかい?」
聞いたことがある声…誰だっけ?
声のする方に目を向けると、やわらかい絹糸のような金色の髪と濃い青い瞳…この雰囲気は…イムナ?どうしてここにイムナがいるんだろう?
「…イムナ、どうしてここに?」
「ユーリー、それは私の台詞だよ。」
そう言って、優しく微笑んでいる。
「…え?だって、ここはヤガの離宮じゃ…」
そう言いながら、ゆっくりと辺りを見回す。見慣れない場所、黒髪に紫色の瞳の神使が一人こちらを心配そうに見ている。
「ここは、私の宮殿だよ。随分と遠くまで来てしまったようだね。君が倒れているのを彼女が見つけて、運んでくれたんだよ。」
…よくわからないけど、僕は一人でここまでやってきてしまったらしい。そして、どこかこの近くで倒れていたようだ。
「そうなんだ…ありがとう。」
状況はよくわからないが、その神使にお礼を言った。
「ズージンありがとう、もうユーリーは大丈夫だよ。」
イムナがズージンという名の神使に声をかけると、彼女はニッコリと笑って「じゃあ、私はこれで。」と言って、部屋を出て行った。
イムナは僕の横の腰かけると、ゆったりとした声で、
「ユーリー、何かあったのかい?もしよかったら私に話してくれないか?」
…何か?すごくショックなことがあったような気がするけど…
「よくわからないんだ…ただ、とてもショックなことがあって…でも思い出せないんだ。」
「とてもショックなことか…どんなことだろうね。所で、君はヤガの離宮からここにやってきたのかい?」
そう尋ねられて考えていると、焦げた花の香りが微かに鼻腔を掠めたような気がした…
「…ヤガの水たばこの香りがした…そう、僕は彼女の離宮にいた。でも、どうしてそんな所に行ったんだろう。」
「覚えていないのか?」
イナムが首を傾げた。
「…思い出せない。最近、気になるけど思い出せないことが多い気がする…」
少しイムナが眉間にしわを寄せたような気がした。しかし直ぐに笑顔に戻り、
「それは困ったね。ゆっくりでいいから、何か思い出したことがあったら私に話してくれるかい?」
そう言いながら、僕の顔を覗き込んだ。深い青い瞳が僕の目の中を見透かしているみたいな気持ちになって、ほんの少しだけ居心地が悪いなと思った。
「…ヤガが、自分を犠牲にしてもいいってくらい愛するってことは、その反面、憎しみも抱いてしまうって言っていた。よく意味が解らなかったんだけど、イムナには分かる?」
「…君とヤガは随分と難しい話をしてたんだね。彼女が何を言いたかったのかはよくわからないが、愛することと憎むことは別物だ。」
「そうだよね。好きって気持ちと憎むって気持ちは別物だよね。」
それを聞いて、ちょっと安心したような気分になったけど、でもヤガはどうしてそう思っているのだろう?そこは謎のままだ…
「他に何か気になることは?どんなことでもいい。ほんの少しでも違和感を感じたとか、何か気になったことがあれば、話して欲しい。」
「…あのね、最近、ミンジーの様子がおかしいんだ。」
「ミンジーの?例えばどんな風に?」
そう聞かれて、エデン外から帰ってきたときに彼女に言われた僕の瞳のこと、アイリスの花をヌアの部屋に飾った時のこと、そらから、ヌアの湯浴みを他の神使たちが手伝っているのを柱の陰から見ていた時のことを話した。
「話してくれてありがとう。疲れただろう、今お茶をもってくるから、ゆっくり休んでいると良い。」
ニッコリ笑って、そう言って彼は部屋を出て行った。
暫くすると彼はお茶を持って戻ってきた。
「ヌアに君がここにいることは伝えておいたから、安心してゆっくりしていくと良い。」
もう眩暈もなくなっていたので、僕は体を起こし、彼からお茶を受け取った。
「ヌアは何か言っていた?」
「心配していたよ。でも、何も問題はないと伝えておいたから、大丈夫。」
「ありがとう。」
そう答えてお茶を啜った。
「このお茶、酸っぱくて、ちょっと苦いけど、美味しい。口の中がさっぱりする。何のお茶?」
「これは、気分を落ち着かせてくれるお茶だよ。レシピは秘密。私の特製だからね。」
ヌアも優しいけど、イムナも優しい。基本的に他の神も神使には良くしてくれる。
ただ、ナキとラジエは時々怖い顔をしていることがある。特にエシャが何かしでかして査問会が開かれるときは、この二人はやけにエシャに厳しいことを言っているような気がする。ヒオスにも厳しかったような気がする。僕は二人とも好きだから、どうしてナキたちが二人に厳しいことを言うのか理由が分からないけど、興味もない。
査問会の際は神使も同行するけど、ただ、神の隣で神たちと査問される者のやり取りを聞いているだけ。退屈だし、時々寝てしまうときもある。
お茶を飲み干すと、気分が良くなった。
「これ本当に気分を落ち着かせてくれるお茶だね。なんだかすごく気分がいいよ。」
そう言って、立ち上がろうとした。
「もう少し休んでからの方がいい。」
イナムはそう言ったけど、僕はもう大丈夫。
「大丈夫。もう一人で帰れる。」
心配そうな表情でイナムが答えた。
「そうかい。」
「ありがとう。あと、ズージンだっけ?彼女にもお礼を言っておいて。」
そう言って、僕はイナムの宮殿を後にした。
ヌアの宮殿に戻ると、ヌアに声を掛けられた。
「ユーリー、もう帰って来たのか?体調は大丈夫か?」
「全然問題ないよ。」
そう言って、ヌアのもとに駆け寄った。ヌアは心配そうに僕の頬に手を当てて、瞳の中をのぞき込み、
「そうか、ならば安心した。」
そう言って、彼は微笑んだ。でも、ほんのちょっとだけ不安そうな表情に見えた。ヌアがこんな表情で僕を見るのは初めてかもしれない、いや、もしかしたら、今までもしていたのかもしれないけど、僕が気づかなかっただけなのか?
「うん、安心して、本当に大丈夫だから。」
これは、ヌアに心配を掛けたくないという思いから言った言葉。それを聞いたヌアは、少し驚いた表情をしたが、直ぐに答えた。
「ああ、心配はしていないよ。ありがとう、ユーリー。」
それから暫くして、ヌアが五番目の神であるソナイを訪ねる際に僕は同行することになった。
ソナイの宮殿に一番目の神であるヌメラ以外のすべての神が集まっていた。今日は、ソナイから他の神たちに相談があるということで、こうやってみんな集まっているらしい。
六人の神が囲む真ん中に、ソナイが立っている。
「ソナイ、早速だが、本題に入ってもらえるか。」
二番目の神であるヌアが、輪の中で黙り続けているソナイを促した。
「ヌアよ、不躾なお願いだとは承知の上で、私の神使の面倒をお前に頼みたい。」
「意味が分からない。ソナイよ、理由を教えてくれるか?」
ソナイは俯き、一言
「それは、直ぐにわかる。」
とだけ答えた。
ソナイに説明を求め、神たちは騒めいていたが、突然彼らが静かになった。
僕でも分かった、神とは異質な、何か凄い力が近づいてくることに。
俯いていたソナイが広間の大きな扉の方に進んでいく、そして、その扉を開けた。そこには青い大きな火柱に包まれた子どもが立っていた。
ソナイはその子どもを抱き寄せ、声を掛けた。
「…ごめんなさい。」
「…誰?目が見えないの、ここはどこ?体が燃えるように熱い…助けて…」
女の子だ、どこかで見たような気がする。
「ごめんなさい。でもこれしか方法がないの。」
そう言って、ソナイは女の子を抱きしめた。青い炎は益々燃え盛り、広間全体を包むほどに広がった。神たちは神使たちを守りながら、ソナイとその女の子を見守っている。
「…エシャ…」
イムナの声が聞こえた。
確かに、あの女の子はエシャに似ている。女の子はソナイに抱きしめられながら、熱い、助けてと叫んでいる。
イムナが自分の神使たちを隣にいたヌアに託し、一人エシャの方に歩み寄った。
「エシャ、大丈夫だ、今、助けに行く。」
そう声を掛けながら、青い炎の中を進んでいく。
「助けて、熱い、燃えちゃう、誰か、誰か」
そう叫ぶエシャをソナイは強く抱きしめて動かない。
広がり続ける炎の中、ソナイは顔を上げてこちらに目をやった。穏やかないつものソナイの表情だった。次の瞬間、彼女は消えた。
ソナイが消えた後には燃え続けるエシャが一人、叫ぶ体力も気力もなくなったのか、ただ茫然と立っている。イムナが傍に歩み寄ると、彼にもたれかかるように倒れた。
イムナはエシャが斜め掛けしている小さな袋の中から、何か石の様なものを取り出した。
「これか…」
そう言うと、自分の懐にそれを仕舞った。
すると、今まで広間全体を包んでいた青い炎が消えてなくなった。
何が起きたのか理解できなかった。
「誰か、エシャを運んでくれ。」
ソナイの声が聞こえたので、彼のもとに走り寄った。
「どこに運べばいい?」
そう尋ねると、ソナイが、
「少し離れて、私についてきてくれ。」
そう言われて、エシャを抱え、彼の後ろを少し離れて歩いた。
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