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第102話 ユーリーのお話②

 ある日、森の中、池の畔を散歩していると、聴き覚えのある歌声が聞こえてきた。

 ああ、この声は…誰だったっけ…?


 思い出そうとしても思い出せない、歌声も聴こえなくなった。

 鳥の鳴き声を歌声と勘違いしたのかもしれない。鳥がさえずるような素敵な歌声だったから。

 ううん、違う。この池の畔で僕がよく耳にしていたのは、鳥のさえずりだった。誰もここで歌なんて歌っていなかった。


 そんなことを考えながら池の水面をのぞき込んだ。

 そこには自分の顔が映っている。

 ミンジーはどうして僕の瞳が綺麗だなんて言ったのだろう?ミンジーの瞳も同じ色をしている。瞳の色なんて気にしたことがなかった、そういうものだと思っていた。


 そう言えば、少しグレーがかった瞳の色を持った女の子がいたな。よく、向こうの大きな木の枝に腰かけて、僕が木の下を通ると木を揺らして僕を驚かせようとしてたけど…あの子は…あの子って誰だっけ?



「ユーリー!」

 背後から呼びかけられ、振り返った。ゲランがこちらに手を振っている。


「やあ、ゲラン」


 もしかしたら、ゲランならばあの女の子の事を知っているかもしれない。


「ねえ、ゲラン、向こうの大きな木の枝に腰を掛けて、下を通る人を驚かせようとしていた子を知らない?僕たちよりも瞳の色が少しグレーっぽい女の子なんだけど。」


 ゲランは少し考えてから答えた。

「知らないな、そんな子。それよりも、あっちで皆と一緒に葡萄摘みをしようよ。」


「そうか…、僕はもう少しこの辺りを散歩してから行くよ。」


「わかった、じゃあ、またね。」

 そう言うとゲランは去っていった。


 皆と一緒に摘んだ葡萄を桶に入れて足で踏みつける。葡萄の果汁だけを樽に入れて、その樽を洞窟の中に置いておくと、葡萄の果汁が不思議な匂いを発する。飲んでいるうちにだんだん楽しい気分になってくる不思議な液体だ。僕はそんなに飲みたいと思わないから、葡萄を摘みたいとは思わない。

 でも、足で葡萄を踏み潰す感触が好きだ。あれは楽しい。


 散歩から帰ってくると、ちょうど摘んだ葡萄を桶に入れているところだったので、僕もみんなと一緒に葡萄を踏み潰した。


 踏み潰しながら、隣の子にグレーの瞳の女の子のことを尋ねてみた。でも彼も知らないと言った。他にも数人に尋ねたけど、みんな、そんな子は知らないと答えた。


「ユーリーは夢を見たんだよ!もしくは、あの大きな木の妖精かもしれないよ。」

 そう言って、みんなでクスクスと笑った。


「妖精かぁ…そうかもしれないね。」

 そう答えたけど、なぜか一緒に笑う気分になれなかった。


 葡萄の汁を樽に詰め終えた、みんなで木陰に腰を下ろしてお喋りをした。お喋りが楽しくなって、誰かが歌を歌い出した。その歌に釣られてみんなも一緒に歌い出した。


「あれ?ラプナは?」

 そう呟いて僕だけ歌うのをやめて、辺りを見回した。


 歌を歌うときはいつも一緒にいるラプナ。肩につくくらいのサラサラの髪を揺らして、楽しく歌うあの姿、鳥のさえずりのような歌声、一人でも池の畔で楽しそうに歌っていた姿。あの姿がない…


 ラプナ?誰だっけ?


 みんな、楽しそうに歌い続けている。

 きっと気のせいだ…そんな子いなかった。そう思い直して、僕もみんなと一緒に歌を歌った。



 歌を歌って、お喋りして、笑って、そのまま眠ってしまった。

 目が覚めたような、覚めないような夢心地の狭間を漂っている、横で眠る仲間の体温が心地いい。急にその体温が下がっていくような気がして、焦って目が覚めた。


 一人だけ起き上がり辺りを見回す。

 みんな、寝息を立てて心地よさそうに寝むっている。隣で眠るゲランも寝がえりを打って、安堵の軽いため息をついた。


 額に滲む汗をぬぐい、立ち上がった。少しふらふらする。今日はどうしちゃったんだろう?

 ありもしない記憶が頭をよぎる。存在しない子のことを思い出してしまう。夢と現実の区別が付かなくなったのかな?


 そんなことを考えながら、気分転換に森の中を散歩することにした。


 そうだ、ヌアに会う機会があったら尋ねてみよう。ヌアがそんな仲間はいないと言うのであれば、僕の勘違いだってはっきりわかる。




 色々考えてしまって、気が付いたら離宮がある森の奥までやってきてしまった。

 この先にはヌアの妹のヤガが住む離宮がある。


 ヤガは変わった人で、用事がなければ向こうから話しかけてくることもないし、話しかけることもない。だから、ヌアからの頼み事でもない限りは、この離宮に近づくことはない。

 用事もないので離宮に向かう道から外れて、違う方に進もうとしたとき、声をかけられた。


「ユーリー、何か悩んでいるのかい?」

 さっきまでそこには誰の姿もなかったはずなのに、ヤガが立っている。


「え?」

 驚いて声が出なかった。


「驚くことはないよ。お前が暗い顔をしてこちらに歩いてくるのが見えたんだ。悩みがあるなら聞いてあげよう。だって、お前は、私の大切な兄の神使なのだから。」

 そう言われて、


「…悩み?…ありません。」

 と答えた。


「そうかい?だったら良いんだよ。無理に聞こうとは思ってないから。」


 そう言って、ヤガは背を向けた。僕も道を外れて違う方に向かおうとしたその時、


「話したくなったらいつでもおいで、お前は気づいているようだから。他の神使たちが気づいていない事を…一人で抱え続けるのは苦しいことだよ。」


 ヤガはそう言って、去っていった。



 僕が気づいている?他の皆が気づいていないことに?

 歌っていたラプナ、一緒にエデン外に行くこともあった…エデン外で何があったんだけ?


 木の上のグレーの瞳の女の子?名前は?…そう、ヴォルディナ。

 僕が木の下を通るとき、木を揺らして驚かせようとした。そして、僕が見上げると笑って手を振った。彼女が水浴びをしていたから近づいた、そうしたら彼女は逃げて行った。『だって、恥ずかしいから…』と言って。


 これは僕の夢?そんな子いなかったのに…?


 でもヤガは言った。『お前は気づいているようだから…他の神使たちが気づいていない事を…』

 本当に彼女たちが存在していたとして…どうしてみんなは覚えていないんだろう?

 やっぱり不思議だ。






今回のお話はいかがでしたでしょうか?

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