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第101話 ユーリーのお話①

 それはあっという間の出来事だった。


 僕たちの警護の一人が、突然、僕の前を歩く神使しんしに駆け寄った。倒れた神使に馬乗りになって、手にした刃物で何度も彼女を刺した。


 直ぐに、周りにいるものが止めに入ったが、彼女を刺した男は大声で叫びながら、周りの制止を振り払い、床に落ちた赤く染まった刃物を拾い上げようともがいている。


「皆殺しにしてやる。何が神の使いだ!クズ人形どもが!」


 周りの者たちに抑えられながらも、怒鳴り続けている。目をカッと見開き、刺した神使や僕らに唾を吐きかけようと足掻く。

 誰かが「黙れ」と怒鳴りながら、彼の口に布を押し込み、首元に針の様なものを刺した。男はすぐにぐったりとして、動かなくなった。動かなくなった男は、引きずられながらどこかに連れていかれた。


 目の前には、大量に血を流し動かなくなった仲間の神使が横たわっている。僕はすぐに駆け寄り、彼女の頬に触れた…だんだん冷たくなっていく彼女の頬に触れながら、訳も分からないまま震えた。それでも、何かしなければ、彼女を助けなければと、彼女の唇に唇を重ね、自分のオーラを彼女に吹き込んだ。それでも、どんどん冷たくなっていく彼女の唇に、どうしたらいいのか判らなくなって、叫んだ。


「誰か、彼女を助けて。」


 他の三人の神使はこちらを呆然と眺めている。


「ねえ、君たちも早くラプナにオーラを…」


 震える声で三人に助けを求めた。でも、誰も動かない、いや、動けないんだ。


 それでも、再び彼女にオーラを送ろうと身をかがめようとした時、誰かが自分の肩に手を掛けた。


「ユーリー様、ご心配なく。あとの事は私たちが。さあ、先に進みましょう。」


 声がする方に震えながら顔を向けると、女性が微笑んでいた。こうやってGW本部に治療の手伝いに来るときに僕たちの世話をしてくれる職員の一人だ。とても感じのいい人だと思っていた。


「ラプナは?ラプナはどうなるの?」

 どうしてこの人は微笑んでいるのだろう?そう思いながら、尋ねた。


「大丈夫です。何も心配はありません。さあ、立ち上がって下さい。」


 ただ彼女は優しくそう言うだけで、ラプナがどうなるかは教えてくれない。大丈夫ってどういうことなの?


「ねえ、今、何が起こったの、どうして、あの人はラプナを刺したの?ラプナが冷たくなったんだ。本当に彼女は、ラプナは大丈夫なの?」


「大丈夫ですよ。さあ、ゆっくり立ち上がって下さい。」

 そう言って、彼女は手を差し伸べた。


 僕は、何とも言えない違和感を抱きながらも彼女の手を取ってゆっくりと立ち上がった。立ち上がると、女性が僕に液体の入った瓶を渡した。


「オーラを使い過ぎてオーラが不足しているようですので、応急処置としてこの液体をお飲みください。こちらは、神使に何かあった時のためにと、神からお預かりしているものです。」


 他の神使たちも同じ瓶を手渡され、封を開けて口にしている。それを見て自分も瓶の中の液体を飲み干した。飲み干すと同時にひどい眠気に襲われ、そのまま眠ってしまった。





 目が覚めると、誰かが声を掛けた。


「あら、目が覚めたのね?ユーリー」

 声がする方に目をやると、長い銀髪の女性がこちらをのぞき込んでいる。


「今回の手伝いは本当に大変だったのね。あなた、帰り途中で眠ってしまったのよ。四人も手伝いに駆り出されたのに、本当に大変だったのね。」


「…ミンジー…ここは?」


「ここは、ヌアの宮殿よ。忘れちゃったの?」

 そう言って、ミンジーはクスクスと笑った。


 辺りを見回すと見慣れた雰囲気。確かにここはヌアの宮殿の中。


 治療の手伝いに駆り出されて…どうしたんだけ?…少しずつ思い出す、確かに治療の手伝いは大変だったけど、エデンに帰り着く前に眠ってしまう程ではなかった気がする。医療部の職員の指示に従い患者にオーラを提供する。確かに、オーラが殆どないエデン外の環境下で、自分のオーラを人に分け与えるのだから、疲れもするし、提供する人数や量が増えればそれ相応の疲労は感じる。でも、過去に何度も手伝いに出向いたことはあったけど、帰り途中に眠ってしまった事なんてなかった。どうして今回は眠ってしまったのだろう?


「他の仲間たちは?」

 ミンジーに尋ねると、


「他のみんなも相当疲れたみたい。三人とも帰り途中で眠ってしまったらしく、抱えられて運ばれてきたそうよ。」


「抱えられて?そう…」

 そう言われると、そんな気もする。


「お湯浴びをしてくれば?癒されるわよ。」


「…そうだね。」


 甘い花の香りに包まれた湯殿を思い出し、湯浴びをしたくなった。


 ベッドから起き上がると、ミンジーが手を引いてくれた。


「私が背中を流してあげる。さあ、行きましょう。」





 湯につかると、ミンジーが優しく肩や首筋をほぐしてくれた。


「ユーリーの首筋、なんだか強張こわばってる。」


 彼女に言われて初めて実感した、確かに肩や背中が硬い気がする。


「ありがとう…」


 彼女の指が、僕の首筋から肩にかけて優しくほぐしていく、その心地よさに身を任せた。


「ノヴァが運んでくれたのよ。」


「そうなんだ…彼が清めに来たときは、お礼をしなくちゃね…」


「大丈夫よ、あなたを運んできた時に、たくさんお礼はしてるはずだから。」

 そう言ってミンジーが微笑んだ。


「でも、僕もお礼したいな、僕の好きな実行者の一人だから。」


「私も好き。」


 そう言ってミンジーがまた微笑んだ。微笑みながら僕の目を見つめ、


「ねえ、ユーリーの瞳ってどうして、そんなに綺麗なの?」


「え?…綺麗?僕の瞳が?」


 不思議なことを言うなと思った、ミンジーも同じ瞳をしている。僕の瞳が綺麗ならば、ミンジーの瞳も綺麗なはず。


「ヌアが言っていたのを聞いちゃった。」


 そう言えば、ヌアに『お前の瞳は吸い込まれそうなほど美しい。』と言われたことがあった。その時も不思議なことを言うなと思った。みんな同じ様な目をしているのだから、僕にだけそんなことを言う必要はないはず。だから、きっと他の神使にも言っているのだろう。


「ミンジーは言われたことないの?」


 そう尋ねると、ミンジーの表情から笑顔が一瞬だけ消えた。


「ないわ。」


 そう言うと再び微笑んで、こちらに背中を向けた。


「次は、ユーリーが私の髪を洗って。」


「いいよ。」


 そう答えて、湯に浸かっている彼女の長い髪を両手で優しくすくい上げた。





「ノヴァ、ご苦労だった。それで、ラプナは亡くなったのか。」


 こんなにも悲痛なヌアの声を聴いたのは初めてかもしれない、と思った。


 五人の神使たちがGW本部からエデンに帰る途中に、彼らの警護の一人が、一人の神使を殺害した。怯える残りの四人の神使たちを眠らせ、エデンに運んだ。

 たまたま、その時、本部に居合わせた実行者ということで、神使を運ぶ手伝いをした。


「はい、その様に聞いております。」


 伸びた髪を一つに束ねてはいるが、急に伸びると邪魔くさい。そして思う、なぜに髪の毛だけ伸びるのだろうと…

 以前、一緒にヒオスとエデンに入った時に、彼が『全身の毛が全部伸びたら面白いのに、謁見するとき、どっちがどっちかわからなくなるね。』と言ったのを思い出し、思わず吹き出しそうになったが、状況が状況のため笑いを堪えた。我ながら不謹慎だなとも思った。


「神使たちの記憶から、ラプナ自体の記憶を消去した。そのつもりで彼らとは接するように。また、ヤガにもこの件は知らせぬように。」


「承知しました。」


 ラプナはそもそも存在しなかったことになったのか…ラプナの事は良く知らないけど、彼女が可哀想だなと思った。


「ノヴァよ顔を上げよ。お前のために湯殿を用意してある、暫しくつろいでから帰るがいい。」

 そう言うと、ヌアは立ち上がった。


「身に余る光栄。お言葉に甘えさせていただきます。」

 去っていくヌアの背中にそう答えた。




 ラプナの遺体は、他の神使たちの目に触れさせる訳にはいかないということで、エデン外で丁寧に処理されて一時的に保管されるらしい。その後は、ラプナの主であるヌアの指示に従いどこかに埋葬されるという話を聞いた。


 その後どうなったか詳しくは知らないが、噂で聞いた話では、ヌアがラプナの遺体を引き取りにやってきたということだった。神がエデンから出てくるなんて聞いたことがないから、この噂が真実かどうかは、ずっと僕にもわからないままであった。しかし、イムナがエデンを去った際に、神はエデンとエデン外の出入りが自由なことが判明し、本当にヌアはラプナを引き取りに来たのかもしれないと思うようになった。





今回のお話はいかがでしたでしょうか?

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