目に見えない怪異に遭遇です
夕飯を食べ終えたぼくは、泊めてもらうお礼に早速皿洗いを手伝っていた。
秋野先輩のお母様からは、別にいいよとか、いつもあの子が振り回して逆にごめんね等の謝罪を返されたけどこういうのは礼儀。
やらないとぼくの気が晴れません。いうなれば自分のためにって側面の方が強いですね。
……そういえばまだ、事前に買っておいたお茶菓子を用意しておりませんでした。
ぼくは秋野先輩のお母様からやかんの使用許可を取り、茶を点て、茶菓子と一緒にお出しする。
今回の茶菓子はカステラです。
ふわふわなスポンジ生地から伝わる砂糖の甘み。それが適度に茶のすっきりとした味わいが流してくれるはず。
ぼくは切り分けたカステラをひとりずつ手渡していき、残りの全てを秋野先輩に渡す。
秋野先輩ご両親はカステラとお茶を嗜んでいる。
「……落ち着くわぁー」
「なんでこんな子が結城の部に入るんだ」
苦い表情で楽しんでいただけるなんて。
やっぱり秋野先輩のご両親だけあって愉快な方たちですね。
茶菓子を喜んでいただけて良かったです。
ぼくもひとつお茶の入ったカップを傾ける。
喉を流れて行くお茶。ほっと息をついて、頭の中を空っぽにする。
こういうゆったりとした時間って落ち着きますよね。小学生の頃から先祖に振舞っているから、影響したんでしょうか。
なお、秋野先輩といえばソファーで寝転がりながらゲーム中。
渡したカステラは既に無くなっており、代わりとばかりにお菓子の袋を開けている。
出したお茶ももう空ですね。
茶を啜ってほっとした秋野先輩のお母様は、秋野先輩の姿を見て深いため息を吐いていました。
秋野先輩がコントロールを引っ張りながら、ぼくに手を振ってくる。
「やろ!」
「良いですけど、やり方分からないですよ」
「だいじょぶだいじょぶ、説明するしホラー物だから」
秋野先輩がサムズアップする。
それは大丈夫だといえるんでしょうかね。
けれどせっかくなので失礼して。ぼくは秋野先輩の隣に正座します。
コントローラーを手に取り、操作してみる。
「後ろから来てるよ」
「おっ、そろそろかな」
「……なんか反応が薄い」
アドバイスとも操作方法とも、先が分かっているからこその反応を期待している秋野先輩が横から口を挟む。
ぼくはその指示に従いながらゲームをする。
……あっ意外と面白い。
特にこの白目向いていきなり襲い掛かる幽霊の表情、昔見た先祖が熱すぎるお茶を飲んでむせた時によく似ています。
ドア開けた瞬間に出て来るのも良く分かっていますね。
部屋とは一種の結界。
自分から扉を開けて安全な結界から出ようとしているのですから、恐怖を感じるのは当たり前ともいえます。
3Dなのでどこから来るか分からない。顔面ドアップの脅かし要素、そうそうさらっとそこいたり、ドアが開いたりすると怖いんですよね。
何より秋野先輩が横から助言を入れてくれるのもあって、非常に進めやすいですね。
「氷濃全然怖がらないね」
「いつも会いに行っていますので」
「それはそうだけどさー。こうなんかないの? 雰囲気とか、幽霊に襲われ…………ばぁ!! みたいなさ」
そう言われましても……。
先祖が腕を生やすっていうどっきりを、夜中トイレ行くときに何回かやられましたし。
このゲームよりも怖い思いは何回かしたことがあります。
先祖と一戦交えるときは本当に恐怖でしかないですからね。
それで何度も脅かし表現を見ている内についぞ思ったんです。これって、ただ暴力を怖がるのと同義では? って。
怪談やホラーってのは急に語気を強めるから怖いんじゃなくて、おどろおどろしい雰囲気とかから背筋がこうゾクゾクするものではないかって。
なので武器のあるこのゲームをホラーかどうかと思うのは人それぞれだと思うんですよ。
ぼくは何度も幽霊に対して拾ったバールを振りまくる。
……当たらないなぁとぼくは苦言を呈す。
「幽霊や怪異に攻撃が通じないというのはいささか違和感が。写真を撮らないなら斬ればいいだけでは?」
「……それができるのは逸般人だけ」
「けど銃は当たるじゃないですか。なら剣圧も振りぬけば当たるはずでは?」
「ファンタジー作品の登場人物みたいなことを言ってる助手がいる。逸般人基準で考えないで!」
秋野先輩からの横やりは次第にぼくへのツッコミへと変わっていく。
秋野先輩曰はく、ぼくがボケて秋野先輩がツッコミを入れる一種のお笑い。
そんなぼくと秋野先輩の会話に、秋野先輩のお母様はどこか納得の目を向けてくる。
そんなに変なこと言っていますかね?
結局ぼくはコントローラーを秋野先輩に返した。
自分がやるより、秋野先輩のプレイを見ている方が面白いですから。
秋野先輩はスイッチが切り替わったかのように目の色が変わる。
コントローラーを振り回しつつ、着々と進めて行く。
表情の七変化を見せる秋野先輩。ぼくもそれなりにゲームを楽しんでいた。
* * *
「あのー……秋野先輩。なんでぼくたちは一緒に入っているんでしょう」
「裸の付き合い? ふーむ、氷濃ってば筋肉質」
ざばーんと溢れたお風呂の湯が滝のような音をたてて零れ出て行く。
ざぶんと秋野先輩の腕が水面を持ち上げる。
シャワーからはぽたっ、ぽたっ、と水滴が敵的に滴り落ちる。
ぼくと秋野先輩はなぜか一緒になってお風呂の湯に浸かっていた。
シャワーに鏡、真っ白なタイルで囲まれた天井と床、大理石製のお風呂。
ぼくの家のお風呂場とはかなり内装が違っているけど、秋野先輩曰くむしろ一般家庭にあるお風呂場こそがこれらしい。
つまりはスタンダードの内装をしたお風呂場ってことらしいです。
食い入るようにぼくの腹筋を凝視する秋野先輩。
いくら見ても、ぼくの腹筋は縦に一筋の線しか入っていませんよ。鍛えているのは内側ですので。
「軟弱な体ではすぐに体力が無くなりますからね。筋肉も大事ですけど、個人的にはしなやかさ重視です」
「153キロある人が何言ってんのって突っ込んでいい?」
「重さは威力に繋がりますから」
「しなやかさと関係なくない、それ」
あるとは思いますよ。
筋肉を動かすのはまた別ですからね。
ぼくと秋野先輩はその後色々な会話を交えました。
例えば怪異の話しとか、ぼくの力についてははぐらかして、羽江さんの力についての考察とか。
思い思いに過ごしたのちに話しはお開きとなり、ぼくはお風呂から出る。
持ち上げられたお湯が水面を叩き、荒れた音を奏でる。
そのまま出て行こうとして、「待った」と秋野先輩に手首を掴まれました。
「どうかしましたか?」
「トリートメント洗い流してない!」
トリートメント……?
そういえば炎樹がいつも最後、ぼくにお湯をぶっかけていたっけ。
そうでしたそうでした。えっとで、シャワーは……どう出すのでしょう?
シャワーに押し込み型のボタンがありませんし、お湯を出す取っ手も無い。
迷いに迷った末、ぼくは左にあるハンドルに手を伸ばして、秋野先輩にまた止められました。
秋野先輩が驚愕の顔を貼り付ける。
「流石に嘘だよね氷濃。小学生でもわかることだよ」
「いつも炎樹にやってもらっているんですよ」
なるほど、右のハンドルを回せばいいんですね。
シャワーは上にあるから上ですよね。
ぼくがハンドルを上に回すと、立て掛けられていたシャワーから一気に冷たい水が放出された。
ぼくは少し驚きながらも、こういうものなんだと頷いて水を被る。
それからぼくは少しクスッと秋野先輩に笑って見せる。
「滝行みたいですね。なるほど、こうやって風邪に免疫を付けると」
秋野先輩も日々修行していたんですね、少し見直しました。
なんて思いながらぼくは納得の頷きと共に秋野先輩の顔を見る。
その秋野先輩はというと口を大きく開き、プルプルと引くつかせているように見えた。
瞳は気のせいか、信じ難いものを見るかのように引きつっている。
「怪異だ……。ここに別次元の怪異がいる。常々思っていたけど」
「怪異? 参りましたね、刀を持ってきていないんですよ。……あっ、これなら代用できそうですね」
ぼくはシャワーヘッドを手に取ろうとして、秋野先輩にガシッと肩を掴まれた。
「あたしが代わりにやってあげるから!」
「おおぉ、あの秋野先輩が怪異を撃退できる道具を用意してくるなんて」
ぼくは手を合わせて、初めて秋野先輩に尊敬の目を送る。
その秋野先輩はというと、ピロンとお風呂場の電源を入れていました。
シャワーから出てくる水が段々温かくなってくる。
ぼくは秋野先輩に本日二度目の尊敬の目を送る。
「なんか水が温かくなってきました! 何をしたんですか秋野先輩! すごい!」
「……炎樹ちゃん、かなり苦労していそう。これは炎樹ちゃんが一方的に悪いとは言えない」
嘆くような口調で秋野先輩はぼくの髪に手を置いてくる。
ぼくは「落とすだけなので大丈夫です」と言いましたけど、まったく聞き入れてもらえませんでした。
ちょっと髪を濯ぐだけなのに。なんで?
「絶対力任せにする気でしょ」
「その方が速いですし、洗っているって感覚になりますよね? よね?」
「炎樹ちゃん、心中お察しするわ」
後日、ぼくの知らないところで炎樹と秋野先輩がライムを交換していました。
あの炎樹が秋野先輩と知り合おうとするなんて、少し意外だと思いましたけど、まぁ仲良くなるのは良いことですからね。
けれど不思議なんですよね。やり取りしている内容、炎樹と秋野先輩に聞いてみても必ずはぐらかされるんです。
本当になぜでしょう?




