依頼が来ました
「終わったぁ!」
パソコンの保存キーを押し終えた秋野先輩はぐっと肩を伸ばした。一緒になるのはボキボキと凝り固まった背中が鳴る音。
脱力してそのまま後ろに倒れている。
ぼくは崩れた表情の秋野先輩を上から覗き込む。
「はい、お疲れさまでした」
「ちょっ寝てなきゃ!」
「いえ、少し寝すぎちゃいまして」
授業中、部活中、バスの中、そして秋野先輩のベッド。
多分十二時間以上寝ているんじゃないでしょうかね?
いくら熱を出したとはいえ、今は引いていますし。流石に目がぱっちりです。
というか逆に寝すぎで頭が痛いです。
それと夢の中で先祖が現れました。ぼくは今日休むといった旨を伝えていましたけど、夢の中ですし伝わってはいませんよね。
秋野先輩はくるりと身体を動かしてうつぶせになる。
「じゃあ痛くない程度にマッサージして」
「じゃあ僭越ながら」
ぼくは秋野先輩の腰に乗る。
それから背中を触ろうとする前に、秋野先輩が苦悶の声を上げて床をバンバン叩く。
「いだだだだ!! 重っ! いや待って、本当に重い! 腰が砕ける! 下りてっ! 本当に下りてっ! 何キロあるの!」
言われた通りにぼくは秋野先輩から降りる。
秋野先輩の隣に正座すると、今度こそ施術を開始する。
「大体120キロくらいですかね。量った時炎樹にドン引きされました」
「力士! それもう力士の領域! えっ、冗談だよね? 流石にそれは冗談だよね? どう見ても氷濃50キロも無さそうな体系じゃん!」
「そうですね。少し鯖を読みました。本当は145キロです」
「増えたっ! 逆に増えたっ! ねぇ、なんで!? あたしは身長の話はしていないから!」
ええ、ですから体重の話しですよね。分かっています。
ぼくが座ると割と頻繁に壊れるんですよね、椅子が。ついでに床も少しめり込んだりします。
その度に両親と炎樹から向けられる本気のドン引き目ですよ。好きでこんなに増えているわけじゃないですのに。
何度お尻を砕きそうになったことか。
最初こそは気にしていました。けど80を超えたあたりからはなんかどうでもよくなりましてね。
120辺りまで行った時点で、ああもうこれは強みになるかなって。体系自体は秋野先輩の言う通り、少しやせ気味程度ですからね。
ちなみに内側の筋肉が強いだけだと思います。見せる筋肉は本当にないですからね。
秋野先輩はぼくの説明を聞いた上でなお、顔を青ざめさせていた。
「前何度か部室内の椅子を交換していたのってもしかして」
「不慮の事故で壊れたと伝えているので大丈夫です。いやぁ、今の家具ってかなり頑丈なんですよね。秋野先輩のベッドも結構固――」
「止めて! 氷濃はもうあたしのベッドに座ったり寝たりしないで!」
結構頑丈だったのは確かでしたよ?
寝返るたびに軋んでいましたけど。こうギシギシと。
ぼくは触れるか触れないかの瀬戸際程度に秋野先輩の背中を押す。
その度に秋野先輩は極楽だと声を上げる。
「新聞部としては氷濃の秘密も暴きたいところ」
「身長は152センチ、体重は153キロ、上から――」
「いやそういう秘密じゃなく、というか待って、まだ増えるの? 体重が身長を超すってあり得るの? そこまで行くともう芸術だよ?」
そうですかね? とぼくはひとつのエピソードを話す。
これは前、炎樹とお風呂から出た時の話しです。
あの時、炎樹が自分のお腹を擦りながら体重計に乗っていたんですよね。体重が気になっているからって。
体重計から算出された数字を見て、炎樹が肩を落として落ち込んでいたんですよね。
それでぼくは覗き見たんです。炎樹に「見るなぁ!」って暴力を振るわれそうになりましたけど。
「55キロ……軽いと思うよ?」
「はぁ!? なにそれ、嫌味?」
「だってお姉ちゃん、153キロあるし」
「……いやそれ重すぎ。冗談だとしても笑えない」
といった感じで炎樹が体重計から下りて、乗ってみろよと目で訴えてくるので実際に
ぼくは乗ってみたんです。
事実だと証明するために。そしたら……、
「おーい! 枯れ木が体重計ぶっ壊したー!」
「壊れてないよー。体重計の数字は正常だよー」
「……はぁ? えっ、なに。マジのゴリラだったの? おーい、うちにゴリラ混じってるー!」
またまた炎樹が居間に向かって声を上げる。
そんな炎樹の言葉にぼくはそれはおかしいと突っかかる。
「ゴリラってそんなに体重があるかなー? どちらかといえば力士じゃないかなー?」
「うっざ。つかお前もう体重計乗んな。ダイエットの邪魔」
って結構機嫌悪そうに吐き捨てて炎樹は居間の方へと行ってしまいましたね。
なんでダイエットの邪魔になるのかはさっぱりでしたけど、あの時から炎樹は少し優しくなったような気がします。
ハンバーグの半分やご飯、パンをくれたりと。
いやー、なんだかんだ言って炎樹は優しいんですよね。
とまぁ、ぼくの体重計ストーリーではそんなことがありました。
ぼくは「微笑ましいですよね」と、秋野先輩に話しを締めくくった。
「それダイエット中だから避けているだけのような。あたしは炎樹ちゃんの気持ちが分かるなぁ。あたしですらまだまだ平気だよねって思うもん。氷濃の話聞いたら」
そうなんですかね?
ちなみに健康診断表の身長と体重欄、ぼくだけエラーが発生しているんですよね。肥満体型ってよく書かれます。
秋野先輩がうんうんと頷いていると、ピンポンとスマホから着信の音が鳴った。
寝転がりながら秋野先輩は自分のスマホを確認する。
「新聞部宛だ。差出人は風梶羽江。内容は……依頼だ」
ぼくは少し疑問に思う。
羽江さんはむしろ怪異のいる場所に来ないでって言っていたと思うんですけど。
なのに依頼? どういう意図なんでしょう。
認めるって感じの文体ではないですし。
前に無謀がどうたらみたいなことを言っていたような気もしますし。
となると何かしら意味があって送っていますね。
「やったやった! 今度の怪異依頼、一緒に行きましょうだって!」
「大丈夫ですかね? 羽江さんって神様を使って怪異を倒す人でしたよね。それにぼくたちも割り込んで」
「だね。もしかしたら氷濃に怪異を斬ってもらう算段なのかもね」
……なるほど。
けどぼくが怪異を斬れることについて知らないはずですよね?
羽江さんが気づいていないんですから、報告のしようがないはず。
それに最近、ぼくははあんまり怪異を斬っていないですし。
斬ったら写真から怪異が消えてしまうから。
秋野先輩、怪異が映っているかどうか結構気にするタイプですから。
捏造ではなく、真実がモットーですからね。
分かり切っている答えを聞くために、ぼくはマッサージの手を止める。
秋野先輩は立ち上がり、ビッとぼくに指を向けてくる。
「開けてみるまで猫が死んでいるかどうかは分からない」
「なんでしたっけそれ」
「いつも通りだよ。未来は誰にも分からないし、不確定要素をいくら考えても仕方がない。だからいつも通り、あたしたちは無謀にも怪異を撮影しにいく。それでいいじゃん!」
ぼくは暗雲を吹き飛ばされた気分でした。
確かにいつも通り、怪異は不確定要素の塊でした。
ぼくはひとつクスッと笑い、秋野先輩に軽く拳を突き出した。
「そうですね。変わりませんね」
「よしきた、流石はあたしの助手!」
秋野先輩は満点笑顔でにししと笑う。それからぼくの拳に自分の拳を合わせてきた。
秋野先輩の顔はどこまで無邪気で。冒険に向かう少年のような輝きを放っていて。
ぼくも何となく大丈夫なような気がする思いでいっぱいになる。
だからぼくも秋野先輩に微笑みを返す。
下の階から夕飯を告げる、秋野先輩のお母様の声が聞こえてきた。




