第744話 分げつのげつの字って書けません
子供達がわらわらと歓声を上げながら走り回る中、小さな鎌を配っていく。昔から子供も大人用の鎌を使って収穫していたようだけど、不注意や取り回しで怪我をする事が多いと聞いていたので、ネスやドルと相談してある程度のサイズを量産してもらった。大きくなると無駄になるという話を聞いていたけど、その頃には別の子供に引き継げば良い。規格外のサイズは全て領主からの貸与品として館で管理する。手入れもこちらでするので切れ味が悪くて、無駄な力を入れて大怪我というのも無いだろう。
子供達は学校で先生に指導されるという事に慣れたのか、先生が声をかけると、ててーっと集まって、注意深く話を聞くようになっている。まだ短い時間だけど、信頼関係の醸成と集団行動に特化して教育をお願いしたのが結果に出ていて喜ばしい。村の規模なら横のつながりもあるけど、町中だとご近所さんくらいの規模までしかつながりが無い。学校が出来てから、子供同士のつながりから親のつながりが出来たという報告もきている。将来的な自治組織構築にも追い風になるのかなと考える。
「じゃあ、刈り取りを始めましょう!!」
私が声をかけると、老若男女関係なく、おーっという掛け声と共に、一斉に鎌を振るい始める。水田は水が抜かれ、所々にひび割れが見える。稲穂はぷっくりと一粒一粒が膨らみ、重そうに頭を垂れている。風が渡る度にさわさわと小さな鈴のような音を響かせながら、黄金色の潮の流れで目を喜ばせてくれる。一緒に麦達も収穫となるが、品種によって生育にばらつきがある。これは天災などで全滅しないように収穫時期を意図的にずらしているためらしい。米に関してもそういう対策を取らないといけないなと浮かれた気持ちで一気に全て植えたのを反省しながら、皆に混じってぶつりぶつりと刈り取りを始める。様子は見ていたけど、分げつも問題無く進んでいたようで良かった。気温としては日本よりも涼しい感じだったので、窒素肥料を追加しないといけないかなと思っていたが、やっていたら過繁茂になったかもしれない。思った以上に土壌が適していたようで良かった。
「結んで干すの?」
前方でさくさくと刈り取っているフィアが振り返りながら聞いてくる。
「乾燥させるのと、美味しくさせるために必要なんだって」
稲穂を下にかける事によって養分を穂の方に吸収させるとか、天日に干す事によってアミノ酸分解が発生して旨味が増すとか聞くけど、機械乾燥が出来ないからしょうがない。『フィア』の方に出向いている竜さん達が周回しているので、天気予報をもらえるので、雨の心配だけはしていない。
「随分と増えますね。三本ずつでしたよね」
ロットが切り取った束を逆さにして、数え呟く。分桔数は十五から十七程度。日本の農家だと二十から二十三辺りが刈り取りの目安と聞いていたけど、幼穂が出始めて太り出すと分げつをさせない方が良いかと思って水を抜いてしまったのが原因だと思う。後、中干しを入れないと、あまりに刈り取りの時に土壌が柔らかすぎて、また腰が死にそうだった。
「小麦だと、三本から多くて五本くらいだったね」
初めて麦が出来ていくまでを見ていたが、十本くらいに分かれるけど、最終的に穂が出来るまで成長するのは三本から五本程度だった。
「米だと、十五程度ですか。増えると聞いていましたが、本当ですね……」
初年度の神様ボーナスも有ったんだろうけど、思ったよりも豊作で良かったと思う事にする。夏は暑く、秋の初めは台風も来たりとやや涼し目に移行してくれたのも理想的だったのかな。にんまりと笑顔で頷き、後はひたすらに鎌を振るい続ける。結局、全ての刈り取りが終わった頃には畔に倒れ込んで短い呼吸をするだけの生き物になったけど。……腰が死にそう……。
お茶を飲んで一段落し子供達がぶら下がった稲を珍しそうに眺める中、ネスに頼んでおいた足踏み式脱穀機で麦の脱穀を進めていく。この世界、太い箸というか竹簡みたいな物で挟んで脱穀するところで道具の進化が止まっていたので、十分に効率的だろう。これも最低限の用がこなせればそれで良いという考え方の弊害だろうなと。
ざりざりと叩きつける度に穂が落ちるのを子供達がきゃーきゃーと楽しそうに叫びながら拾っていくのが微笑ましい。
「危ないから、近付き過ぎないようにね」
リズ達が声をかけるが、子供達の好奇心を抑えられる訳も無く、間近でぐるぐると回る新しい玩具に釘付けになっている。農家の人も労力がかなり軽減出来ると固唾を飲んで見守っている。唐箕で籾と仕分け始めたら、泣き出し始めた奥様方がいたので驚いた。脱穀から選別は女性や子供の仕事と言う事で、かなり苦労をしていたらしい。と言う訳で、農家の人にレクチャーを終えたら、収穫終了だ。後は乾燥したら、実食かなとわくわくしながら待つ事にした。




