第743話 丁度一年前にこの月が輝いた夜
「少しだけ涼しくなったのかな……」
二日前の台風を何とか無傷で切り抜け、やっと一息というところだろうか。猫さん予報はやはり凄い。夜になっても地面の熱で暖められていたむしっとした風ではなく、少しひやりとした風が窓から部屋に流れ込む。風呂で火照った体に心地良い。
「ん。もう九月も半ばになったから……。少しずつ涼しくなるのかな……」
リズが氷の浮いたカップを傾け、冷えたハーブティーをこくりと流し込む。
「収穫祭の頃にはもう少し涼しくなっているのかな」
厚い雲が過ぎ去った後の鮮明な夜空に浮かぶはっきりとした月を眺めながら、私もカップを傾ける。ほっと一息。ミントを主体としたハーブの爽やかな香りが口からふわりと抜けていく。
「あの日も……こんな月だったな……」
見上げた月に、この地に降り立った初めての晩を思い出す。どこまでも暗い中、焚火だけを頼りにヘビモドキを食べた夜。
「そうだよね。ヒロと出会ったのも、九月の半ばくらいだったもんね」
「はは。気付いたら、もう一年も暮らしていたよ」
目元に弧を描きながら、そっと腰をずらし、椅子から体を少しずり降ろす。肩を竦め気味にしながら、あの夜を思い出す。
「心細かったけど……リズに出会えたんだから、良かったよ。一年後にこんな事になっているなんて、夢にも思わなかったけど」
「ふふ。私も思わなかったよ。きっと猟師になっていると思ってた」
リズが微笑みながら、首を微かに傾けながらこちらを見つめる。
「人生を曲げてしまったかもしれないね。ごめん。でも、出会えて良かったと思っている」
「そもそも助けてもらわなかったら、今日生きていたかも分からないのに。謝らなくても良いよ。私も出会えて良かったと思っている」
「これからも、よろしくね」
「うん」
飲み干したカップをテーブルに置いて立ち上がり、リズの頬に手を添え、感謝の言葉を告げる。こくりと頷いたリズは月の光に照らされ、まるで物語に出てくる妖精のように儚げで美しかった。私は沸き上がってくる悪戯心に抗えず、そのままそっと手を背中に添え、太ももに差し込み、ずいっと持ち上げる。
「あ、ちょ……ヒロ?」
優しくぽてんとベッドに転がすと、物音に目を覚ましたのか、タロとヒメがくいっと首を上げるが、私達がじゃれあっているだけと思ったのか、そのまままた丸くなる。
「もう、奇麗な夜だったのに」
「綺麗なリズの方が気になった」
そんな事を言いながら、口付けを交わす。神様、この出会いに感謝を。そんな事を考えながら、そのまま覆いかぶさるように首元に唇を這わせた。
九月十六日は少しだけ曇っている。昨日の夜の状況だと快晴かなと思っていたが、明け方から雲が流れて来たのか薄雲が空のあちらこちらで動いている。昇り始めた朝日も雲との兼ね合いで煌めいている。ささっとタロとヒメの食事を済ませて、酷い状態になっているリズを起こす。お小言を平身低頭拝聴し、朝湯を楽しむ。朝ご飯が終われば、そう。念願の収穫だ!!




