第586話 式典前の憩い~政務に関わる報告
東屋で涼みながら談笑していると、庭師と思しき男女に見守られながら、ペールメントを先頭にタロとヒメがててーっと走ってくる。縁側の方に出て見ていると、縁側前でちょこりと座る。
『ままなの!! たのしいの!!』
『がくしゅう、じゅうよう』
二匹が上機嫌で報告してくる。ペールメントは落ち着いた感じで、伏せている。
『ごしゅじんのにおいがしたのでみにきたわ。じゅんちょうにおぼえているけど、まだかかりそうね。もうすこしまちなさい』
ペールメントが思考を飛ばしてくるのに承諾を返すと、再び奥の庭の方に向かっていく。
「お手数をかけます。よろしくお願いします」
庭師に声をかけると、会釈と共に三匹を追っていった。
話に花を咲かせていると、侍女がティアナ達の帰還を伝えてくれる。途中でドル達とも合流したようなので一緒に帰ってきたようだ。元々ティアナとカビアには学校の方に教育機関の新規開設に伴う申請を行ってもらっている。その際にチャットと合流し、挨拶を終えたドル達とも合流したようだ。
時計を見るとそろそろ食事の時間と言う事で、東屋の皆と一緒に屋敷に向かう。
食堂では戻って来た皆が席に着いており、わらわらと入ってくるこちらを不思議そうに眺めている。
「んー? 嗅いだ事の無い匂いがします……」
ロッサが不思議そうな顔で首を傾げる。
「新しいレシピを少し試していたからかな。夕ご飯にでも使ってもらうから、その時に味見してもらえれば良いよ」
そう告げると、ロッサ達に笑顔が浮かぶ。
昼ご飯は鶏のソテーをメインに、サラダとスープ、パンと手軽な食事だった。ただ、鶏も若い個体を選んでいるし、スープに入っている具材も多い。パンも小麦のパンだ。素朴だけど手の込んだ料理を楽しみ、一旦部屋に戻る。タロとヒメはそのまま夕方まで訓練のようだ。私はカビアとティアナから報告が聞きたいので、会議室を借りた。後、夕ご飯までに一点やっておきたい事をロスティーに相談したら、最優先で対応すると言って、図面を持っていった。間に合うのかな?
リズ達は体が鈍らないように訓練という事だ。屋敷の中にも練兵室があるので、そこを使わせてもらうらしい。リズの鎧の着付けを手伝い、会議室前で分かれた。
会議室に入ると、既にカビアとティアナが資料の整理に取り掛かっていた。ティアナも敏腕秘書と言う感じが板についてきた。ただ、ぽーっとした顔でカビアの横顔を覗き込んでいる時間を除けばだが。
「新学校の設立に関わる申請は完了しました。予定通り、校長及び教職員に関しては、向こう側の人材になります」
資料を差し出しながら、カビアが報告する。
「監査の組み込み要求は?」
「はい、前例は無いですが、教育方針に口を出すのはどこの領主もやっている事なので、問題無いです。予算を握っていますからね。校長に関しては国が定める教育方針に従って最低限の秩序が守られているかのお目付け役ですから。反国思想の植え付けでもやられたら堪ったものではないでしょうし」
「監査と言う形でも、介入出来るなら良いよ。ティアナは横で聞いていて問題はあった?」
真剣な顔で報告するカビアの横顔を若干紅潮して見つめていたティアナに話を振る。しかし、べた惚れだなぁ……。
「初等教育の概念は理解されなかったわね。後、保育園もそうね。給食の支給、親の収入によっての授業料免除に至っては正気を疑われたわ」
「そっかぁ。まだまだ教育の重要性が分かっていないかな。教育は国の礎だしね。農家の人も働き手を持っていかれるんだから、授業料は払いたくないだろうし、昼食が一食浮くなら儲けものだろうしね」
そう告げると、カビアは頷き、ティアナは懐疑的に見つめてくる。
「親の仕事を継がさないつもりなの?」
「んー。言い方は悪いけど、ティアナだって教育を十分に受けたから、家庭の境遇がおかしいって理解したよね? 同じく農家に生まれたから、農家で人生を送らなければならないなんて決まっていない。自分のやりたい事が出来る状況を生み出す。自分がやりたいから、頑張れる。そう言う循環を増やしていきたい感じかな」
そう伝えると、渋々ティアナが首を縦に振る。
「軍の報告に関してはどうなったかな?」
聞くとカビアが別の書類を差し出してくる。
「一度退役した兵に関しては、予備役扱いで正規兵の数に含まなくて良いと言う事です。『リザティア』の兵力は、騎馬兵で二十五名、その他の兵力で百五十と言うのが国に報告している数になっています」
兵力の情報は、各地の領主が提示して、国が管理している。有事の際にどれだけの兵を動かせるのか認識する為だ。申請したら他の領地の兵力は把握出来る。まぁ、出来る限り舐めてかかってもらった方がありがたい。既に兵数で言えば千を超えている。警察兼任と『フィア』にいる兵から民に転科した人間を合わせればもう三千近い。この数を有しているのは、公・侯爵レベルに相当する。その内三百はクロスボウ兵なので、運用次第では、万の兵力と渡り合えるし、防衛戦なら二万から三万でも十分太刀打ち可能だ。
「それは嬉しい。兵力が多いと変に恐れられるしね。精々弱兵の領地と思ってくれれば油断もしてくれるだろう」
そう言うと、二人が頭を抱えて溜息を吐く。
「卑怯……と言っても詮無い事ね……」
ティアナが小さな声で呟くが聞こえている。
「最後に、暗殺者の件はどうかな?」
「はい。それに関しては、ダブティア側との調整が終わりました。対象の商家に関わる人員はダブティア側にて処刑です。私達は捕らえた分を処刑する流れですね」
「そっかぁ……。ちなみに、商家の恨みなんて買いたくないんだけど」
「それに関しては、一族郎党が連座ですね。他国の領主を暗殺するなど、下手をすれば国際問題ですし、戦争の端緒となりかねません。こちら側が穏便に済ますと譲歩した分、向こうは苛烈に対応するしかないです」
「ふーむ。実行犯の家族に関しては?」
「現在、ダブティア側の護衛で『リザティア』に向かっている筈です。処刑の前に面会をさせると言うのはいかがなものかと思いましたが……。若干悪趣味では無いですか?」
「色々なネタは考えているしね。それはそのまま進めてもらって良いよ」
そんな話をしながら、持ち帰って来てくれた資料を眺めていく。修正箇所は指示しつつ、報告を聞きながら、こちらが決裁すべき内容をまとめて、どんどん決裁していく。
あれこれとやっていると、日が陰るギリギリになってしまった。はぁ終わったと書類をトントンと並べていると、ノックの音が響く。
「材料の準備が整いました」
執事が告げてくるので、私は先に会議室を離れて、屋敷の裏に向かう。さてさて気に入ってくれるかなと。




