【一話完結】「愛想がないから」とクビにされた倉庫管理員、二週間後に会社で大事故が起きました 〜私が残した数字の意味を知っても無駄です〜
「現場の空気を悪くする変わり者」と追放された倉庫管理員マルク。
しかし彼が毎日記録していたタイヤの摩耗、倉庫の傾き、棚の位置、湿度などの細かな数字は、事故を防ぐための綿密な安全管理だった。
彼を無能と切り捨てた二代目専務は、コスト削減の果てに大事故を起こし、すべての責任を負うことになる。
「お前みたいな愛想のない変わり者は、現場の空気を悪くするんだよ。今日で辞めてもらう」
物流会社『ヴェスタ運輸』の取締役室。社長の息子である若手専務・カルロスは、退職届を突きつけながら鼻で笑った。
デスクの向こうに立つ私――口数の少ない倉庫管理員のマルクは、表情を変えずにそれを見つめていた。
「理由は……『現場の空気』ですか」
「当たり前だろ。お前はいつも帳簿の端に訳のわからない数字を書き込んで、フォークリフトのタイヤの減り具合だの、棚の位置が数センチずれてるだのと難癖をつけて、現場の手を止める。効率化の邪魔なんだよ。明日から来なくていい」
カルロスが主導する新体制では、現場の「スピードとコスト削減」が何より優先されていた。マルクが毎日続けていた細かな点検や、古い台帳への手書き記録は、新専務の目には「無駄な嫌がらせ」としか映らなかった。
「……分かりました。引き継ぎ資料は共有フォルダに入れてあります。手帳もデスクに置いていきます」
マルクは反論一つせず、静かに頭を下げて部屋を出た。文句も、未練も、怒りも見せなかった。
カルロスは吐き捨てるように言った。
「フン、自分の無能さを認めて逃げたか。路上で野垂れ死にでもすればいい」
カルロスはすぐさまマルクが行っていた「無駄な点検作業」を全て廃止し、倉庫の積み込み作業を限界まで速めさせた。経費は大きく削られ、数字上の利益は跳ね上がった。カルロスは自分の手腕に満足し、胸を張った。
――それからちょうど二週間後のことだった。
ヴェスタ運輸のメイン倉庫で、大規模なトラブルが発生した。
原因は、大型トラックの車軸が連続して破損したことと、棚崩れによる精密機器の破損だった。さらに取引先から「荷物の誤配送と遅延」の苦情が相次ぎ、違約金は膨れ上がった。
慌てたカルロスは現場に怒鳴り込んだ。
「なぜ事故が起きた。マニュアル通りにやらせていたはずだろう」
青ざめた現場責任者が、マルクの残していった古い手帳を掲げて言った。
「専務! マルクさんが書いていたあの数字は、この古い倉庫特有の地盤沈下の傾斜角度と、時間帯ごとの湿気によるタイヤの摩耗率を計算したものだったんです」
「……な、なに?」
「あの人は毎日、倉庫の歪みに合わせて棚の積載限界を数キロ単位で調整して、事故が起きないぎりぎりのところで荷物を振り分けていたんです。タイヤの摩耗を指摘していたのも、この傾斜でブレーキが効かなくなるのを防ぐためでした。彼が手作業で調整していたから、この無理な物流計画が成り立っていたんですよ」
マルクは特別な能力者でも何でもない。ただ長年、誰も気づかない倉庫の癖を見つけ、限界を計算し続けていただけの、やたらと几帳面な男だった。
追い打ちをかけるように、もう一つの事実がカルロスを襲う。
マルクが残した引き継ぎ資料には、カルロスが「コスト削減」の名目で削った安全対策費の履歴と、それによって生じる法的リスクの試算が、証拠とともにきちんとまとめられていた。
監査に入った親会社の会長は、事故の状況とマルクの記録を照らし合わせ、冷たく告げた。
「カルロス。お前が『無駄』だと切り捨てたのは、現場の命を守る安全装置だったんだ。……専務の職を解く。損害賠償請求にも備えておけ」
「待ってください。事故の原因は、マルクという男が引き継ぎを怠ったせいで――」
カルロスは必死でマルクの連絡先に電話をかけ続けた。だが、呼び出し音すら鳴らない。着信拒否されていた。
その頃、マルクは街の小さな運送店で、温かいお茶を飲んでいた。
「マルクさん、うちに来てくれて助かったよ。君が作ってくれたルート表のおかげで、ガソリン代が二割も浮いた」
店主の言葉に、マルクは少しだけ口元を緩めた。
「いえ。ただの記録と計算ですから」
窓の外ではヴェスタ運輸の事故を報じるニュースが流れていたが、マルクは振り返ることなく、新しい帳簿を開いた。
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