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【一話完結】「コピー取りしかできない無能」とクビにされた私、実は老舗企業の契約を支える職人でした~私を追い出した会社、数億円の契約が全部破談になって泣きついてきても遅いです~

「コピー取りしかできない無能」と会社を追われた事務員ミサキ。

しかし彼女が担っていたのは、老舗取引先ごとに異なる契約書の書式・紙・印影・割印まで調整する、誰にも真似できない職人仕事だった。

彼女を追い出した二代目社長は、契約が次々と破談になって初めてその価値を知ることになる――。

「ただのコピー取りしかできない女なんて、我が社には要らん! クビだ、ミサキ!」


 社長室に、二代目社長・連太郎の怒鳴り声が響いた。


「私が毎日行っておりました、取引先ごとの書類出力と社内配布の手配はどうなさいますか」


「ハッ、ペーパーレスの時代に毎朝毎朝、紙を刷ってデスクに配るだけの穀潰しが! そんなの誰でもできる雑用だろうが! 明日からは経費削減で、この愛ちゃんに全部任せる。荷物まとめてさっさと出ていけ!」


 傍らの新人秘書・愛が、鼻で笑う。


「ミサキさぁん、お疲れ様〜。時代遅れの紙文化と一緒に消えてね」


「……承知いたしました」


 私は一礼し、自前の裁断機と朱肉をカバンにしまった。


 連太郎は私を「コピー取りしかできない無能」だと思い込んでいた。だが、私が毎朝手作業でやっていたのは、ただの印刷ではない。


 うちが扱う法務・建築系の取引先は、創業数十年の老舗や、頑固な職人社長ばかりだ。彼らは「印影のサイズ」「紙質の指定」「割印の手順」といった、契約書まわりの厳しい暗黙のルールを何より重んじる。


 私はこの数年の失敗を踏まえて、各社が首を縦に振る形式に合わせ、紙の種類や余白を一枚ずつ手で調整し、刷ってセットしていたのだ。


「では、ペーパーレス化、進めてください」


 引き継ぎ書は一言も残さず、私は静かに会社を去った。


 ◇


 翌週。


 連太郎は意気揚々と、大手クライアント『大和建設』との数億円規模の最終契約に臨んでいた。


 タブレットを叩き、電子契約システムを掲げて胸を張る。


「紙なんてもう廃止しました! うちもスマートに電子署名でいきましょう、会長!」


 大和建設の老会長は、差し出された画面を一瞥すると、眉をひそめてタブレットを押し返した。


「……連太郎君。うちの創業家が『契約は必ず指定の和紙、指定の割印で交わす』という決まりを設けているのを知らんのか」


「え? いや、そんな古い慣習、今の時代には——」


「ふざけるな! うちとの信頼関係を何だと思っている。先代の頃は、毎回きっちりした書式と紙で届けてくれていたぞ!」


 連太郎の顔が青くなる。


「愛! 紙の契約書はどうした!?」


「えぇ〜? ミサキが置いてった設定ファイル、全部いらない紙ゴミだと思って捨てちゃいましたぁ……」


 愛は「紙を減らしました」とアピールしたくて、私が残していた取引先別の印刷手順書をシュレッダーにかけていた。


 さらに追い打ちがくる。


「社長! 他の老舗五社からも『書式が規約違反だ』と契約を保留されました! ミサキさんがいなくなってから、まともに受け取ってもらえる書類が一つもないんです!」


 専務からの悲鳴じみた電話に、連太郎は崩れ落ちた。


 私がやっていたのは「ただのコピー」じゃない。泥臭い人間関係と信頼をつなぐための、いわばオーダーメイドの調整作業だった。それを「誰でもできる穀潰しの仕事」と決めつけ、手順書ごと捨てたのは連太郎自身だ。


 ◇


 数日後。


 連太郎はなりふり構わず、私が再就職した老舗の行政書士事務所に駆け込んできた。


「ミサキ! 頼む、戻ってきてくれ! お前のあの紙の印刷がないと会社が潰れる! 給料は倍出す!」


 応接室で、泥のついた靴のまま頭を下げるかつての上司。


 私はお茶を静かに差し出し、淡々と言った。


「お断りいたします」


「な、なぜだ!? あんなに地味で誰にも評価されない仕事だったろう! 戻れば待遇はよくしてやる」


「地味だからこそ、価値をわかってくれる場所で働きたいんです。こちらの事務所では、私の印刷や書類調整の技を『職人技』と言ってくださいますから」


「そんな……! 頼むよミサキ、契約が全部飛んで、損害賠償が——」


 私は連太郎の言葉を遮り、時計に目をやった。


「連太郎さん。あなたが『誰でもできる雑用』だと捨てたものの重さを、これからはご自身で学んでください。……次の来客がございますので」


 一度も振り返らず、私は奥の執務室へ足を向けた。


 背後で崩れ落ちる連太郎の泣き声が聞こえたが、足を止める理由はどこにもなかった。

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