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「その雑草を抜いたら、王城が爆発しますよ?」――忠告を無視して私を追放した結果、国宝級の魔導兵器三十機が全滅しました。

王城の中庭で草むしりをしていたレイラは、実は王都を地底の熱暴走から守る天才冷却技師。

無能と決めつけられて追放された彼女が国家技術院に迎えられる一方、彼女の忠告を無視した聖騎士長は、五千億ゴールドの大損害と取り返しのつかない破滅を招く!


「おい、レイラ! いつまであの中庭に這いつくばっているつもりだ!」


 鋼鉄のブーツの先が、地面に置いていた真鍮のバケツを蹴り飛ばした。

 金属音を立てて石畳を転がったバケツから、黒ずんだ泥水と、青い茎の草が散らばる。霜枯れ草だ。


「申し訳ございません、ガルシア聖騎士長。ですが、この草の根を今のうちに間引いておかないと、地下の第一魔導回路の熱循環が止まってしまいます」


「黙れ。言い訳など聞きたくない」


 冷たい雨の中、見上げると、金髪を油で撫でつけ、白銀の甲冑をまとったガルシアが私を見下ろしていた。後ろには腰巾着の技術士ジャスティンが、薄く笑って立っている。


「呆れた女ですね」


 ジャスティンは鼻にかかった声で言い、銀縁眼鏡の奥の目を細めた。


「中庭の草むしりを『王城の安全を支える重要任務』と言い張って、毎年、騎士団の予算から管理手当と薬剤費を取っていたとは。あなたのような人が王立聖騎士団本部に居座っていること自体、不愉快だったんですよ」


 私、レイラ・ヴァルハイドは、泥のついた指先を見つめて黙っていた。

 ヴァルハイド家は代々、王城の地下に張り巡らされた「大魔導冷却脈」を管理し、王都を地底熱の暴走から守る氷脈調律師の家系だ。仕事が国家機密だったため、歴代の王室はその存在を伏せ、表向きは「中庭の草取りと清掃」という雑務の扱いにしてきた。


「今日でお前を聖騎士団から追放する。管理手当も全額没収だ」


 ガルシアは、私の胸に留めてあった銀の紋章を引きちぎった。布の裂ける音がした。


「お待ちください、ガルシア様」


 私は膝をついたまま、散らばった根を拾い集め、落ち着いて言った。


「私がここを離れれば、一時間もしないうちに、神鋼魔導アーマー三十機と王城の魔力炉が暴走します。霜枯れ草はただの雑草ではありません。地下の過剰な熱を吸い上げて地上へ逃がす、唯一の生体冷却触媒です。間引きをやめるか、逆に根こそぎむしってしまえば――」


「ハハハ! おいジャスティン、聞いたか。腹が痛い!」


 ガルシアは腹を抱えて笑った。ジャスティンも眼鏡を拭きながら一歩前に出る。


「草にそんな役目があるわけないでしょう。新型アーマーは、我々技術班が開発した高純度の魔導結晶で動いているんです。あなたの妄想に付き合う暇はありません」


「お前が毎日だらだらやっていた作業など、明日から下級兵士に一時間やらせれば足りる。いや、ジャスティンの熱線照射機があれば、中庭の草くらい今日じゅうに焼き払える。年間数千時間の人件費が浮くぞ」


「熱線照射機? 正気ですか」


 思わず立ち上がった。


「地下回路の真上でそんなものを使えば、冷却液が沸騰して、蒸気圧で魔導脈が内側から裂けます。この本部は古代のマグマ溜まりの上に建っているんです。それを地下数百メートルの氷脈回路で抑えていて、その熱交換の最後の安全弁が、あの霜枯れ草なんです」


 毎朝、夜明け前から草の長さと密度を手で整え、根の目詰まりを取らなければ、冷却液の温度は上がっていく。受け取っていた予算も、私の懐に入っていたわけではない。氷脈の低温を保つための冷却試薬や魔法結晶の購入費だった。


「だいたいな、レイラ」


 ガルシアは剣の柄に手を置き、一歩踏み込んできた。


「お前は先代団長が連れてきたコネ採用の骨董品だ。前団長が急死して私が団長になった以上、お前に払う金は一銅貨もない。意味不明な数字だらけの報告書も、全部捨てた。さっさと出て行け。二度とこの門をくぐるな」


「……後悔なさいますよ。取り返しがつかなくなります」


「後悔だと? 衛兵、この女を門の外へ叩き出せ!」


 両腕を兵士につかまれ、鉄門の外へ放り出された。石畳に肘と膝を打ち、血がにじむ。父から受け継いだ古い剪定ハサミが、乾いた音を立てて転がった。


 これまでも、仕事の評価と地下構造が崩れる危険を、数値つきの書類にして何度も提出してきた。だがガルシアは「読むのが面倒だ」「雑用係が専門家ぶるな」と言って、読まずに破り捨てていた。


 門の外には、騒ぎを聞きつけた人々が集まっていた。


「あのレイラって女、とうとう追い出されたぞ」


「毎朝、中庭に這いつくばってた人だろ」


「今日は国王陛下を迎えて、新型アーマーのお披露目だろ。あんな格好の女がうろついてたら邪魔だよな」


 事情を知らない人々の笑い声が、雨と一緒に降ってくる。私はスカートの泥を払って立ち上がった。


 そのとき、二階のバルコニーの窓が開き、ガルシアとジャスティンが赤ワインのグラスを手に現れた。ガルシアは私を見下ろして笑い、グラスを傾けて、ワインを私の頭の上にこぼした。


「おい、雑草抜き! ドブ掃除でもして食いつなげ! お前を切ったおかげで、騎士団の年間予算は二割減った。これで私は陛下から、さらなる地位と勲章をいただける!」


 ジャスティンが欄干から身を乗り出す。


「ああ、レイラさん。あなたが棚に大事にしまっていた『氷脈調整日誌』、三十冊の古いノートは、今朝、魔導炉の焚きつけにして全部燃やしておきましたよ。最新技術の前では、過去の遺物に意味はありません」


 三十年分。父の代から、地下の温度と魔力波形を毎分、手書きで記録し続けてきた三十冊が、燃やされた。


(もう手遅れだ)


 怒りより先に、力が抜けた。日誌には温度のデータだけでなく、熱が限界を超えたときの回避手順や、冷却弁を手動で開くための魔法陣の描き方、触媒の配合まで書いてあった。それが失われた以上、暴走が始まれば、中にいる人間に止める手段はない。


「……本当によろしいのですね。私は二度と戻りません」


「戻れと頭を下げられても断る。失せろ、ドブネズミ!」


 雨の中を歩き出した。時計塔の針は正午に近い。式典の開始まで、あと四十分ほどだった。


 血と泥とワインに汚れて大通りを歩いていると、背後から馬蹄の音が迫ってきた。黒塗りの馬車が私の横に滑り込み、扉が開く。降りてきたのは、国家魔導技術院の長で、公爵のゼノヴィア様だった。


「レイラ殿! 探しましたぞ。無事でしたか」


 白髪をきちんと整えた老公爵は、泥だらけの私の両手を握った。


「ゼノヴィア様、どうしてここに」


「聖騎士団本部の地下で、異常な熱波と魔力の乱れが検知されたのです。技術院の測定器が、見たこともない数値を出しました。……まさか、あそこを離れたのですか」


 私は、追放されたこと、熱線照射機で霜枯れ草を焼こうとしていること、日誌がすべて燃やされたことを手短に話した。ゼノヴィア様の顔から血の気が引き、やがて怒りで肩が震えた。


「あの愚か者どもめ。氷脈調律師の存在は、歴代の国王陛下と技術院の長しか知らぬ最高機密だ。聖騎士団の歴代団長には、中庭の清掃員には干渉するな、請求された予算は言い値で払えと伝えてあったはずだぞ」


「ガルシア様は、引き継ぎの書簡も『無能な前任者の遺言など知るか』と、破り捨てておられました」


「なんということだ……」


 老公爵は天を仰ぎ、それから私に向かって深く頭を下げた。


「レイラ殿。長年、日の当たらぬ仕事をさせ、正当な評価も名誉も与えられなかったこと、国を代表して詫びる。そのうえで頼みたい。今すぐ技術院に来てくれぬか。我々は何年も前から、あなたを国家特級魔導冷却主任技師に迎えたいと、陛下に進言していたのだ」


 金箔と王室の紋章が入った招聘状を差し出される。


「月俸は今の五十倍。専用の研究所と、専属の技師三十名も用意してある。あなたの氷脈調律の技術を、王城の地下だけでなく、国中の魔導インフラのために使ってほしい」


「……泥とワインにまみれた私でよければ」


「何を言うのです。あなたこそ、この国を陰で支えてきた英雄だ」


 私は差し出された手を取り、馬車に乗った。

 走り出してまもなく、遠く聖騎士団の方向から、地面を揺らす低い地鳴りが聞こえ始めた。


 その頃、聖騎士団の大訓練場では、国王陛下と隣国の使節団、王都の有力貴族を迎えて、新型アーマーの披露式典が開かれていた。


 銀色に光る神鋼魔導アーマー三十機が整列し、中央の壇上でガルシアが演説している。


「陛下、これが我が聖騎士団の誇る最強の兵器です。さらに本日は、不要な雑費と人件費を削り、予算の効率化も達成いたしました。無駄な雑用係を省いたことで、我が団はより強くなったのです」


「見事だな、ガルシア」


 国王陛下が満足そうにうなずく。


 そのときだった。


「なんだか蒸し暑くないか」


「足元が熱いぞ。石畳が熱を持っている」


 客席がざわつき始めた。石畳が、巨大なフライパンのようにじわじわと熱くなっていく。


「ジャスティン、どういうことだ」


 ガルシアが小声で詰め寄る。ジャスティンは額に汗をにじませ、魔導モニターを操作した。


「問題ありません。今、中庭の草を排除するために、熱線照射機をフルパワーで稼働させています。地下の湿気と冷気を飛ばせば、すぐに温度は下がります」


 ドン、と腹に響く爆発音が、中庭の方向から聞こえた。

 熱線で熱せられた氷脈回路が圧力に耐えきれず、逆流を起こしたのだ。地面の亀裂から、岩をも溶かす赤い蒸気が噴き出した。熱風は地下の魔力配管を逆流し、直結された三十機のアーマーの内部に流れ込んだ。


「アーマーが勝手に動いているぞ!」


「関節の冷却液が沸騰しています! 内部の魔導結晶が熱暴走を起こしました!」


 アーマーの装甲が赤黒く光り、乗り手もいないのに関節を打ち鳴らして、互いにぶつかり始めた。


「止めろ、ジャスティン!」


「無理です、冷却弁を手動で開く手順が分かりません! 記録書は、今朝燃やしてしまいました!」


「あの雑用女の手帳か……! レイラを連れてこい! 引きずってでも止めさせろ!」


 ガルシアが叫んだ直後、訓練場の正門を破って、黒い馬車が駆け込んできた。


 馬車から降りたのは、防熱魔導衣を着た私と、ゼノヴィア公爵、技術院の護衛兵たちだった。


「レイラ! 戻ってきたか!」


 ガルシアは救いを見つけたように駆け寄ってきた。顔は引きつり、額から汗が流れている。


「早く止めろ。いつもの草取りでも何でもいい。聖騎士長の命令だ!」


 私は一歩下がり、静かに言った。


「お断りします。私はあなたに追放された身です。それに、もう手遅れです」


「何だと……」


 ゼノヴィア公爵が国王陛下の前に進み出て、訓練場に響く声で告げた。


「陛下。ただいま、レイラ・ヴァルハイド殿を、技術院の特級主任技師として迎えました。そして、この惨状の責任は、国家機密である氷脈調律師を独断で追放し、冷却設備を壊したガルシア聖騎士長にあります」


「国家機密……?」


 ガルシアの顔が真っ白になった。


「あいつは、ただの雑用係で……毎朝、泥まみれで……」


「黙れ!」


 公爵が一喝する。


「レイラ殿が毎朝摘んでいた霜枯れ草は、マグマ溜まりの熱を魔力に変え、安全に地上へ逃がす唯一の生体冷却触媒だ。彼女が長年の経験と計算で、ミリ単位の調整を続けてきたからこそ、王城と王都は数百年、地底の爆発から守られてきた。それを熱線で焼き、三十年分の日誌まで燃やすなど、国家への反逆に等しい」


 ガルシアは膝から崩れ落ちた。ジャスティンは泡を吹いて気を失った。


 私はゼノヴィア様に向き直った。


「ゼノヴィア様、陛下と来賓を外壁の外までお下げください。それから、技術院の第二冷却水タンクを開けて、地下の第四緊急バイパスに直接注入を。日誌は失われましたが、構造と基本の数値計算は、父に叩き込まれて頭に入っています。ただ、アーマーはもう間に合いません。私に止められるのは、王都全体を巻き込む蒸気爆発までです」


「分かった。全技師、レイラ殿に従え!」


 技師たちが動き出す。その間に、限界を超えた一機が甲高い音を立てて爆発した。

 飛び散った破片が隣のアーマーに火をつけ、次々と誘爆していく。一機百億ゴールドの神鋼の装甲が、安物の爆竹のように弾け飛んだ。


「私の……私のアーマーが……」


 ガルシアは髪をかきむしって地面に突っ伏し、それから這うようにして私の靴にすがりついた。


「レイラ、頼む、助けてくれ! 私が悪かった! 雑草抜きと言ったことは撤回する。給料は十倍、いや百倍払う。戻ってきて、アーマーを止めてくれ!」


「無理です」


「なぜだ!」


「あなたが日誌を燃やしたからです。あれがなければ、今の熱の状態から冷却管を手動で開く魔法配列は、計算できません。アーマーを救う手段は、もうありません。あなた自身の行いの結果です」


 ガルシアは声にならない悲鳴を上げた。


 私は地下へ氷結の魔法陣を展開し、ありったけの魔力を注いで冷却の波動を送り込んだ。技術院の技師たちが、バイパスへ冷却水を流し込む。王都全体を吹き飛ばすはずだった蒸気爆発は、ぎりぎりのところで食い止められた。


 やがて爆発が収まった。訓練場には、黒焦げになったアーマーの残骸だけが残っていた。


「陛下、被害額の算定が出ました」


 技術院の調査員が、震える手で羊皮紙を読み上げた。


「アーマー三十機で三千億ゴールド、地下第一魔導回路の修復に千五百億ゴールド、訓練場の再建に五百億ゴールド。合計五千億ゴールドです」


「五千億ゴールドだと……」


 外壁の際まで下がっていた国王陛下は、怒りで顔を赤くした。


「ガルシア。お前の無知と虚栄心が、国防の要と巨額の国費を失わせた。この損害は、お前とジャスティンの全財産を差し押さえ、北の鉱山での終身の強制労働で償わせる。関わった者にも、相応の処分を下す」


「お許しください、陛下! どうか、お許しを……!」


 ガルシアは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして叫び、そのまま白目をむいて気絶した。近衛兵たちが、震えるガルシアと意識のないジャスティンを引きずっていく。残ったのは、一生かかっても返せない五千億ガルの負債と、鉱山での終身刑だけだった。


 式典の混乱が収まったあと、国王陛下は私を呼んだ。


「レイラ・ヴァルハイドよ。そなたの功績を見抜けず、長年にわたり不当な扱いをさせたこと、国王として深く詫びる」


 陛下は玉座を降り、私の前で頭を下げた。居合わせた貴族や使節団から、どよめきが起こる。


「そなたに、『氷脈大監察官』の地位を与える。国の魔導インフラ全体の管理を任せたい。二度とこのような愚行が起きぬよう、導いてくれ」


「謹んで、お受けいたします」


 私は深く頭を下げた。

 ガルシアたちが「無能な雑用」と切り捨てた私の毎朝の仕事は、この国の命運と、人々の暮らしそのものだった。それが今日、はっきりと示された。胸の中には、静かな誇りと、達成感があった。


 それから一ヶ月が過ぎた。


 王立聖騎士団は、旧幹部の不正と今回の破綻により解体され、国家魔導技術院の傘下で一から作り直されることになった。


 北の鉱山に送られたガルシアとジャスティンは、氷点下二十度の中で、毎日重いつるはしを振るっているという。現地からの報告では、ガルシアは今でも、凍りついた地面に青い草を見つけるたびに「霜枯れ草だ! レイラ様、お許しください!」と叫んで暴れ、看守に鞭で打たれているそうだ。


 私はというと、技術院の庭園にいる。


「レイラ主任、第五エリアの地脈温度のデータが出ました。ご確認をお願いします」


「新しい冷却調合薬の試作品ができました」


 日の光が差し込む広い庭園で、白衣姿の私のところへ、若い部下たちが笑顔で駆け寄ってくる。


「ありがとう。見せてちょうだい」


 私は父から受け継いだハサミを手に取り、庭の隅に伸びてきた霜枯れ草の小さな芽を、そっと摘んだ。


 冷たい雨の中で泥とワインにまみれていた日々は、もう戻らない。けれど、私の仕事の本質は何も変わらない。誰も気づかない足元から、この国と人々の穏やかな暮らしを守り続けることだ。


 私は新しく用意された厚い羊皮紙のノートを開き、最初のページに、最初の一行を書き記した。


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