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『革一枚に時間をかけすぎる』と追放された私、実は王国唯一の竜革職人でした。 ~魔導プレスで手抜きした元職場は、騎士団長の命を危険にさらして破滅します~

効率を優先する工房から追放された竜革職人アメリア。

だが彼女の手仕事こそが、王国最強の騎士を守る唯一の技術だった。

元職場が重大事故を起こす中、彼女は国家直属の職人として才能を開花させていく。

「おいアメリア! まだ一枚の革にかかりきりか。いつまで待たせる気だ」


 怒鳴り声と同時に、作業台が平手で叩かれた。油と薬品の匂いが鼻をつく。振り向くと、工房長のマギノが顔を赤くして立っていた。

 ここは王都で最大の武具工房、マギノ工房だ。王立騎士団や高ランク冒険者の特注装備を、ほぼ一手に引き受けている。


「申し訳ありません。ですが、このワイバーンと地竜の複合革は魔力繊維のねじれがひどいんです。今のうちに魔脈緩和をかけながら伸ばしておかないと、魔力に触れたとき一気に縮んで使えなくなります」


 木製のローラーと調合油を示して説明したが、マギノは聞く気がなかった。


「魔脈緩和だと? 名前だけ立派にして誤魔化すな。お前がやっているのは、油を塗ってローラーで革をだらだら叩くだけの雑用だろう」


「違います。竜種の革は生きているんです。中の魔力をなだめないと――」


「言い訳は聞き飽きた」


 マギノは私の手から伸ばし途中の革を取り上げ、床へ投げ捨てた。三日かけて整えてきた魔力線が、汚れた床の上で乱れていく。


「今日限りで、お前を工房から追放する。ノロマに払う給料は一ゴールドもない」


 契約解除の通知書が、私の目の前に叩きつけられた。


「待ってください。私は亡き父の代から、革の鞣しと伸ばしを任されてきました。ロランド団長に納める最上級竜鱗甲冑も、最終工程がまだ残っています。私が抜けたら――」


「親の威光を笠に着るな。お前の父親が死んでから、この工房の利益がどれだけ落ちたと思っている。革一枚に何日もかけるから、納品が遅れて儲けが出ないんだ」


 マギノが手招きすると、後ろから若い男が出てきた。最近入ったばかりの職人、ガイルだ。薄笑いを浮かべて私を見る。


「アメリアさん、もう時代遅れなんですよ。僕の高圧魔導プレス機なら、革伸ばしは五分で終わります。圧をかけて一気に伸ばして、魔導加熱で乾かす。効率は百倍です」


「そんなことをしたら、表面は伸びても内部の魔力結節が硬いまま残ります。魔力が通った瞬間に――」


「知ったことか」マギノが遮った。「プレス機のおかげで納期は大きく縮んだ。明日納めるロランド団長の甲冑も、もうガイルが仕上げてある」


「明日? あれは深層紅竜の革です。魔脈をほぐしながら、あと二日はかけて伸ばすはずでした。魔力の伝導率が高い分、縮むときの反動も桁違いなんです。無理に伸ばしたら大変なことになります」


「聞こえなかったのか。黙れ」


 周りの職人たちは、マギノの顔色をうかがって誰も私と目を合わせない。ガイルの技術で仕事が楽になると思っているのか、私を不要だと見ている者もいるようだった。


「お前がここにいられたのは、先代の鞣し頭の娘だったからだ。それも今日で終わりだ」


「……私を追い出せば、これから納める防具の責任は持てなくなります。本当にいいんですね」


「後悔するのはお前だ。行くあてもなく路頭に迷え。ガイル、こいつの荷物を外に出せ」


「喜んで」


 ガイルは私の木製の道具や、父から受け継いだ調合油の瓶を箱に詰め、勝手口から雨の路地へ投げ捨てた。父の形見のガラス瓶が割れ、甘い保護油の匂いが水たまりに広がる。


「さようなら、アメリアさん。これからは機械の時代です。古い手作業しかできない人は、ゴミ捨て場がお似合いですよ」


 重い鉄の扉が閉まった。

 雨の中、濡れた石畳に膝をついて、壊れた道具を拾い集めた。指先が冷えて震える。悔しさよりも、長年続けてきた仕事を否定された虚しさのほうが重かった。


「……私の話を、聞いてもらえなかった」


 それでも、私には分かっていた。深層紅竜の革は、ただ硬いだけの皮ではない。魔力を抱えた生き物のようなものだ。魔脈を無視して無理に伸ばした革は、魔力を受けた途端、元の三割以下の大きさまで縮む。

 そして明日ロランド団長が着るのは、国境の魔獣討伐に向かうための実戦用の甲冑だった。

 王都の裏通りで、小さなカフェの庇の下に雨宿りをしていると、馬車が目の前で止まった。窓が開き、ワイングラスを持ったマギノとガイルが顔を出す。二人とも、かなり酔っていた。


「アメリアじゃないか。こんなところで濡れ鼠か」


「工房長……」


「見ろよガイル。先代の娘だと威張っていた女が、路地裏の野良猫以下だ」


 ガイルが笑って手を叩く。


「今から土下座するなら、床掃除係に使ってあげてもいいですよ。もちろん無給ですが」


「結構です。私は自分の技術に誇りを持っています」


「誇りだと」マギノは鼻で笑った。


「お前を追い出したあと、プレス機で仕上げた甲冑をロランド団長に下見していただいた。これほど張りのある甲冑は見たことがない、とお褒めの言葉だ。明日は騎士団の幹部の前で、正式な授与式がある」


「ロランド様がご覧になったんですか? 駄目です。まだ魔力が通っていないから、表面が綺麗に見えているだけです。実戦や儀式で魔力を注いだら――」


「負け犬の遠吠えだな」


 マギノはグラスの赤ワインを、私の頭からかけた。冷たい液体が髪を伝い、服に赤い染みが広がる。


「お似合いだぞ。二度とマギノ工房の名を口にするな。王都で革職人を名乗ったら、業界にいられなくしてやる」


「明日の今頃には、僕たちは王室御用達の称号と、数億ゴールドの追加注文を手にしています。君は路地裏で凍えていればいい」


 馬車は水しぶきを私に跳ね上げて、笑い声とともに走り去った。

 雨とワインで全身が冷えていく。仕事への誇りも、父との思い出も、まとめて踏みにじられた気がした。もう何も残っていないように思えた。


「大丈夫ですか、お嬢さん」


 頭の上で、落ち着いた声がした。雨が当たらなくなり、顔を上げると、黒い傘を差した老紳士が立っていた。執事服の胸元に、王室の紋章入りの銀のブローチが光っている。


「私はギルド監察院の総支配人、ヴェルナーと申します。アメリア・ノルド様ですね」


 驚いた。ギルド監察院は、王国の技術・工芸・商業の品質を審査し、不正や粗悪品を取り締まる最高機関だ。


「どうして私の名前を」


「お父上のバルト殿には、王室の儀式用武具の維持で、長くお力添えをいただきました。そのバルト殿が、よく仰っていたのです。娘のアメリアの魔脈緩和は、自分より上だと」


「父が……」


「ここ数ヶ月、マギノ工房の革製品の質が落ちているという懸念が、監察院に寄せられていました。とくに最近入れた高圧魔導プレス機は、革の魔力構造を壊して、見た目だけを整える手法です。内偵は進めていたのですが、今日は最後の確認に工房へ向かう途中で、あの場面に出くわしました」


 ヴェルナーは、馬車が去った方角に目をやった。


「真面目な職人を侮辱するあの振る舞いは、見過ごせません。アメリア様、監察院の直属工房に来ていただけませんか。いま古代竜の聖鎧の修復を進めていますが、あれほどの魔力を持つ革を扱える職人がおらず、計画が止まっているのです。魔脈を読んで革をなだめられるのは、この国であなたしかいません」


 私は自分の傷だらけの手を見た。父に叩き込まれた技術。一枚の革と何日も向き合い、魔力の流れを指先で感じ取りながら、少しずつほぐしていく仕事。時代遅れでも、無駄でもなかったのだ。


「私でお役に立てるなら、お引き受けします」


「ありがとうございます。まずは温かいお茶と、着替えを用意させましょう。それから、明日の授与式を一緒に見に行きましょう」


 ヴェルナーの目には、静かな怒りが宿っていた。


 ※


 翌日、王都の中央広場には大勢の市民と貴族が集まっていた。ロランド団長率いる第一遠征騎士団の出発式であり、新しい装備の授与式でもある。

 壇上では、マギノとガイルが胸を張っていた。二人の前の台座には、深層紅竜の革で作られた甲冑が置かれ、日を受けて赤く光っている。


「見ろ、この歓声を。マギノ工房の名声は今日で頂点だ」


「アメリアを追い出して正解でしたね。プレス機なら、こんな甲冑が一日で仕上がるんですから」


 来賓席には、ヴェルナーと並んで、借りた服に着替えた私が座っていた。手には、監察院が出した緊急の品質査察書がある。

 ロランド団長が壇に上がった。二メートル近い巨体で、王国最強と呼ばれる騎士だ。


「これより、マギノ工房から献上された最上級竜鱗甲冑の授与と、着用式を行う」


 団長が胸当てと肩当てを着けていく。限界まで伸ばされた竜革は張りつめ、寸法は完璧に見えた。


「軽い上に、すごい張りだ。これなら魔獣の爪も弾き返せる」


 観客から拍手が起こり、マギノとガイルは勝ち誇った顔で私のほうを見た。

 私には見えていた。団長が身につけた瞬間から、革の内部の魔力結節が、引き絞った弓の弦のように軋んでいるのが。魔脈は逃げ場を失い、限界まで圧縮されていた。


「ロランド団長、お待ちください!」


 思わず立ち上がって叫んだ。広場の視線が私に集まる。


「誰だ、あの女は。つまみ出せ」


 マギノが慌てて声を上げたが、団長は片手でそれを制した。


「待て。バルト殿の娘、アメリア殿だな。何の用だ」


「その甲冑を、今すぐ脱いでください。その革は魔脈緩和をしておらず、高圧プレスで無理に伸ばしただけです。魔力が通っていないので形を保っていますが、団長の魔力を通したら――」


「デタラメです」ガイルが前に出て遮った。「団長、これは嫉妬ですよ。工房をクビになった腹いせに、式典を台無しにしようとしているんです。僕のプレス機で作った革が、不具合を起こすはずがない」


「そうです」マギノも続ける。「現場も知らない女の戯言です。どうぞ団長の魔力を注いで、頑丈さをお確かめください」


 団長は眉をひそめたが、二人の自信と観衆の目を前に、頷いた。


「アメリア殿の懸念も分かるが、仕上がりは申し分ない。私の魔力で、問題がないことを示そう」


「いけません、魔力を通しては――」


 私の声は、団長の全身から噴き出した黄金の魔力にかき消された。

 魔力が甲冑に流れ込み、赤い光が全体に広がって、脈打つように明滅した。


「見たか、アメリア!」ガイルが叫ぶ。


「魔力を通して、さらに輝きが増したじゃないか。僕の技術の勝ちだ」


「ざまあみろ。これで貴様の職人生命も終わりだ」


 バチバチッ、と甲冑から放電音がした。


「……何だ?」


 団長の顔色が変わった。甲冑の表面に、ひびのような黒い筋が何本も走る。傷ではない。無理に伸ばされていた竜革の魔脈が、注ぎ込まれた魔力に反応して、一気に縮み始めたのだ。


 ギギギ、と革が鳴り、胸当てと肩当てが万力で締めるように縮んでいく。


「ぐっ……!」


「何が起きている」マギノが目を見開いた。


「縮んでる……? そんな馬鹿な。プレスで固定したはずなのに」ガイルの顔から血の気が引いた。


 革は止まらない。元の三割以下の大きさに向かって収縮し、団長の体を締め上げていく。


「胸が……潰される。脱げん、革が食い込んで脱げん!」


 王国最強の騎士団長が膝をつき、自分の甲冑に締め殺されかけていた。客席から悲鳴が上がり、広場は大混乱になった。


「ガイル、何とかしろ!」マギノがガイルの胸ぐらを掴んで揺さぶる。


「分かりません。プレスで伸ばしたんだから、伸びたままのはずでしょう」


「団長が死んだら、俺たちの首が飛ぶぞ」


 ガイルがナイフで革を切ろうとしたが、深層紅竜の革に刃は通らない。締め付けは強まり、団長の顔が紫色に変わっていく。


「どいてください!」


 私は壇上に駆け上がった。鞄から出したのは、昨夜、監察院の工房で調合し直した魔脈緩和用の油だ。


「アメリア殿……頼む……」


 迷わず、合わせ目と魔脈の結節点に油を注いだ。指先で革の表面を決まったリズムで叩き、揉みほぐしていく。内部にこもった魔力の圧を外へ逃がす、手仕事でしかできない作業だ。


 トントン、トトン。


 硬くなっていた竜革が、少しずつ力を抜いて柔らかさを取り戻していった。一分、二分。暴れていた魔力が抜け、甲冑は元の大きさに戻った。

 団長は荒く息をしながら、床に倒れ込んだ。間に合った。ただし、これは応急処置にすぎない。この革を本当にほぐし直すには、何日もかかる。

 広場が静まり返った。団長はゆっくり立ち上がり、マギノとガイルを睨んだ。


「マギノ殿、ガイル殿。これはどういうことだ」


 二人は飛び上がって震えた。


「ち、違います、団長。事故です。ガイルのプレス機が不良品だったんです」


 マギノはすぐにガイルを指さした。


「何を言ってるんですか。手作業は無駄だ、プレス機で量産して儲けろと命じたのは工房長でしょう。アメリアさんを追い出したのもあなただ」


「黙れ、無能。お前が完璧な技術だと売り込んできたから、使ってやったんだ」


「見苦しいぞ」


 冷たい声とともに、ヴェルナーが壇に上がった。手には書類の束がある。


「マギノ工房長、職人ガイル。監察院は昨夜までに、あなた方の不正と重大な過失についての調査を終えました」


「監察院……」マギノの顔がこわばった。


「マギノ工房は、効率と利益のために、竜革の基礎工程である魔脈緩和を省きました。そして粗悪な魔導プレス機で、革を強制的に伸ばしていた。納品された防具は、すべて危険な欠陥品と認定します」


「たった一度の手抜きで、そんな……」


「一度ではありません。プレス機を入れてから王立騎士団と各冒険者ギルドに納めた革製防具は、四百五十点。そのすべてに、同じ欠陥が確認されています」


「四百五十……」


「戦場で兵士が魔力を通していたらどうなっていたか。監察院規約第十七条に基づき、次の処分を下します。一、納品済みの防具四百五十点の全額回収と返金。 二、騎士団への損害賠償として、一億八千万ゴールド。 三、商業ギルドへの違約金として、七千万ゴールド。

合計二億五千万ゴールドの支払いを命じます」


「二億……五千万……」


 マギノの顔から血の気が引いた。工房の資産も土地も、マギノ個人の財産も、すべて売っても足りない額だった。


「加えて、騎士団長の命を危険にさらした背信行為として、マギノ工房の営業許可を永久に取り消します。マギノ、ガイルの両名は、王国全土で職人資格と商業活動を永久に剥奪します」


 ガイルがその場に崩れ落ちた。


「嘘だ……僕の技術が、こんな手作業に負けるなんて」


 ガイルは這うようにして、私の足元に来た。


「アメリアさん、助けてください。僕が悪かった。あなたの言う通りでした。監察院に取り消すよう言ってください。工房で雇い直してください。何でもしますから」


 泥と涙で汚れた顔に、私を「ゴミ捨て場がお似合い」と笑った面影はなかった。


「お断りします。機械があれば手作業はいらない、とおっしゃいましたよね。なら、その機械で二億五千万ゴールドを返したらどうですか」


「無理に決まってるだろう」


 マギノも、青い顔で私に手を伸ばしてきた。


「アメリア、先代への義理があるだろう。お前の父親が守ってきた工房を、潰す気か。戻ってきてくれ。工房長の座は譲る。給料も十倍出す。だからこの損害をなんとかしてくれ」


 汗と油にまみれた必死の顔を見ても、気持ちは動かなかった。


「父が大切にしていたのは、使う人の安全を第一に考える職人の心です。効率とお金のために安全を捨てて、職人を踏みにじった時点で、あなた方は父の工房をもう潰していたんです」


 そこへ、団長の合図を受けた重装の騎士たちが踏み込んできた。


「マギノ、ガイル。詐欺および傷害未遂の容疑で拘束する」


「離せ。俺は王都一の工房長だぞ」


「アメリアさん、助けて」


 二人は暴れながら、民衆の冷ややかな視線と野次の中を引きずられていった。残ったのは、巨額の負債と、犯罪者としての記録だけだった。

 騒ぎが収まると、広場から私に拍手が送られた。

 ロランド団長が目の前に来て、深く頭を下げた。


「アメリア殿、礼を言う。君がいなければ、私は自分の甲冑に殺されていた。バルト殿と君が守ってきた本物の技術を見抜けず、見た目と納期に騙された私を許してほしい」


「いいえ、お怪我がなくて良かったです」


 ヴェルナーが穏やかに口を開いた。


「二人の誤算は、革が肉の切れ端ではなく、魔力を宿したものだと忘れていたことです。プレスは繊維を壊して、一時的に伸ばしているだけです。魔力が通れば、元の形に戻ろうとして縮むのは当然でしょう」


「父はいつも、革の声を聞けと言っていました。魔力の通り道は一枚ごとに違います。それに合わせて油を塗り、圧をかけながらほぐす。騎士の方々の命を守る甲冑は、そうやって作るしかないんです」


 団長は深く頷いた。


「図々しい頼みだが、王立騎士団の全装備の再点検と、新しい最上級竜鱗甲冑の製作を、君に頼めないだろうか。予算も時間も、君の望むだけ用意する」


「それだけではありません」ヴェルナーが続けた。「監察院直属の革工房の責任者として、正式にお迎えしたい。古代竜の聖鎧の修復と、マギノ工房が残した四百五十点の回収と修復も、あなたに指揮していただきたい。報酬も作業環境も、最高のものをお約束します」


 父から受け継ぎ、地道に守ってきた手仕事を、この国の人たちが認めてくれた。胸がいっぱいになった。


「お受けします」


 それから二か月後、王都の一角に新しい工房が開いた。国家直属、ノルド革工芸院。看板には、父が使っていた工具をかたどった紋章が刻まれている。

 工房の中は、油と上質な革の匂いで満ちていた。日の差す作業場で、私は数人の弟子と一緒に、大きな竜革に向き合っていた。


「アメリア師匠、この氷結角竜の革、魔脈のねじれが少し強い気がします」


「どれ……本当ね。焦らず、特製の油をもう少し染み込ませてから、木のローラーで軽く叩いてあげて。革が楽だと感じるペースで伸ばすのがコツよ」


「はい」


 素材と向き合い、使う人の命を守る。父が大切にしていた職人の心は、ここで受け継がれている。


 扉が開いて、ロランド団長が入ってきた。身につけているのは、私が一か月かけて魔脈緩和を施して仕上げた、新しい最上級竜鱗甲冑だ。


「ロランド様、着心地はいかがですか」


 団長は笑った。


「最高だ。体の一部のように軽くて、魔力を強く通しても歪みが出ない。先日の討伐では、敵の火炎ブレスも弾き返してくれた。騎士団の全員が、君の甲冑を欲しがっている」


「順番に作っていますから、少しお待ちくださいね」


 そこへ、ヴェルナーが新聞を持ってきた。


「今日も繁盛ですね。ところで、あの二人の続報が載っていましたよ。マギノは財産をすべて没収されて、辺境の鉱山で強制労働に就いているそうです。毎日手作業で岩を掘りながら、プレス機を持ってこいと喚いているとか」


「まあ……」


「ガイルのほうは、刑の代わりに街の下水掃除の労役に就いたそうです。ところが、横着をして魔導掃除機を自作し、魔導炉を爆発させて、地下水路を泥だらけにしました。賠償金が、さらに増えたそうです」


「……懲りない人たちですね」


 思わず苦笑した。機械は便利な道具だ。ただ、使う人の心と技術の基本が伴わなければ、人を傷つけるだけの道具になる。彼らは最後までそこが分からなかった。


 ちなみに、古代竜の聖鎧の修復も、先週から始まっている。


「師匠、次の聖騎士用レザーアーマーの伸ばし作業、始めますよ」


「ええ、今行くわ」


 愛用の木製の工具を手に取って、作業台に向かった。


 トントン、トトン。


 手仕事の音が、今日も工房に響いている。

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