独白「烏丸陣」
「じゃあ、文化祭楽しみだな!」
と言って帰っていく宵を見送ったあと、陣は学校の屋上へと足を向けた。
すっかり陽が落ち、静まり返った夜の学校。
誰もいないフェンス際に立ち、一人で夜風に吹かれる。冷たい風が頬を撫でるこの感覚だけが、どこか心地よかった。
誰の気配もない静寂の中にいると、ふと、昔の自分を思い出す。
——これは、俺、烏丸 陣の過去の話。
***
かつての俺は、こんな姿じゃなかった。
母親を早くに亡くした俺は、仕事ばかりの父親に迷惑をかけないよう、ずっと「いい子」でいようと必死だった。
だが、父親が再婚したことで全てが狂い始めたのだ。
連れ子を優先する継母。家に自分の居場所なんてどこにもなかった。それでも俺は、耐えて、耐えて、必死に「迷惑をかけないいい子」を演じ続けた。
なのに——信じていた学校の奴らに裏切られた。
俺は何もしていないのに、暴力沙汰の主犯格に仕立て上げられたのだ。
「やってない」とどれだけ訴えても、誰も信じてくれなかった。
学校は大騒ぎになり、頼みの綱だった実の父親でさえ、俺の言葉に耳を傾けることなく、俺を殴りつけて「ちゃんと謝れ」と言い放ったのだ。
あの瞬間、胸の中で何かがプチンと弾け飛んだ。
(……ああ、そうか。誰も俺を信じねぇんだ。いい子でいた結果が、これかよ)
次の日から、学校での苛烈ないじめが始まった。
俺は周りを拒絶するように、髪を明るく染め、ワックスで散らし、校則違反のピアスを開けた。
酒にも手を出し、学校をサボり、外見も態度も徹底的に「ヤンキー」へと変貌を遂げたのだ。
継母はあっさりと俺に呆れ、見放した。自分の子供に悪影響だと言って近づかせようともしなくなったが、そんなのどうでもよかった。
そんな自暴自棄な日々が続いていたある日、父親が死んだという短い連絡が入る。
葬式に参列した継母は、まるでせいせいしたと言わんばかりの顔をしていた。本当は父親のことなど愛しておらず、最初から金目当ての再婚だったのだ。
実の父親に裏切られ、その父親も死に、俺の心には黒くて重い「恨み」だけが残った。
(なんで俺を信じてくれなかった。なんで俺を一人にした……!)
謝ってほしかった。俺の目を見て「信じてる」と言ってほしかった。
解けない恨みを抱えたまま、俺は学校にも家にも居場所を失い、この強がりな姿のまま世界を呪い続けている。
***
「……くそっ」
フェンスを固い拳で力任せに殴りつける。鈍い金属音が夜の校庭に虚しく響いた。
昔の学校での信じていた仲間からの裏切り、いじめなどのトラウマから、今でも学校が嫌いだ。
学校という檻に、俺の魂は縛られ続けている。
けれど——。
「……文化祭、楽しみだな」
昼間、嬉しそうに目を輝かせていた宵の顔が脳裏をよぎる。
あいつは、誰も俺を見向きもしないこの場所で、初めて俺の目をまっすぐ見てくれた。
「烏丸陣」という存在を拒絶せず、当たり前のように隣に座り、「友達」だと笑ってくれた。父親すら信じてくれなかった自分を、あいつだけがまっすぐに信じてくれている。
(……宵)
夜風の中で、陣は、宵がいつだったか色違いのお揃いでくれた黒猫のマスコットをぎゅっと握りしめた。
どれだけこの世を恨んでいても。この学校に縛られていても。
自分を「陣」と呼んでくれたあいつと過ごす時間だけは絶対に守りたいと、心の底から願っていた。




