違和感②
あの雨の日から数日後。
雲ひとつない快晴に恵まれた放課後、いつものように旧校舎裏で陣と過ごしていた。
「ねぇ、陣。今日くらい一緒に帰ろうよ! 途中に美味しいアイス屋があるんだって」
ベンチに座る陣の顔をのぞき込みながら提案してみる。
今まで何度も「一緒に帰ろう」と誘ってきたけれど、陣はいつもなんだかんだと理由をつけては断ってくるのだ。
『俺は居残りで補習がある』
『誰がお前となんて帰るかよ』
『一人でサッサと帰れ』
つれない言葉ばかりだが、俺は、諦めていなかった。
だが、陣は今日も呆れたように息を吐き、立ち上がる。
「ダメだ。まだやることがあるから」
「えー、また? 陣ってば、授業には出ない癖
に放課後は学校に残りたがるよね」
「うっせぇな。いいからお前は早く帰れ。病み上がりなんだから冷えるだろ」
「もう病み上がりじゃないってば」
ブツブツ言いながらも、陣は俺を一人にしないように、校舎の廊下を校門の方に向かって並んで歩いてくれた。
本当はぶっきらぼうに見えて、どこまでも過保護で優しい。そんな陣の横顔を見るのが、たまらなく好きだった。
校舎の長い渡り廊下。
午後の強い日光が差し込み、磨かれた窓ガラスがまるで大きな鏡のように二人の姿を映し出している。
ふと、俺は歩きながら窓ガラスに目を向けた。
(……あれ?)
そこには、カバンを肩にかけた自分の姿と、その隣でポケットに手を突っ込んで歩く陣の姿が——
ううん、違う。
窓ガラスに映っていたのは、ポツンと一人で歩いている俺の姿だけだった。
「……え?」
思わず足が止まる。
何度も目をこすり、もう一度窓ガラスを見つめた。
俺の隣には、確かに陣がいて、衣擦れの音を立てて歩いている。
けれど、ガラスの中の俺の隣には、誰もいない。
「……おい、宵? どうした」
陣が足を止め、不思議そうに振り返る。
俺は窓ガラスと陣の顔を交互に見比べた。
(……見間違い、だよね? 光の反射か何かで、うまく映ってないだけ……)
動揺を隠すように首を振る。
陣に「鏡に映ってないよ」なんて言ったら、また変な奴だと思われるかもしれない。
雨の日の「水滴ひとつついていなかった服」のことが一瞬頭をよぎったけれど、必死に疑問を胸の奥へと押し込めた。
「ううん! なんでもない! ……あ、そういえば」
気を紛らわせるように、見えてきた校門を指差す。
「校門まで来ちゃったし、ここから先、ちょっとだけ一緒に歩こうよ! コンビニまででいいからさ!」
陣の袖を引っ張ろうとした。
けれど——。
校門の真手前で、陣はピタリと足を止めた。
俺の手は空を切る。
陣は校門の境界線を見つめたまま、一歩も前へ進もうとしない。
その瞳には、今まで見たこともないような、どこか寂しげで深い諦めが浮かんでいた。
「……俺は、ここまでだ」
「え? コンビニすぐそこだよ? ちょっとくらい——」
「ダメだ」
陣の声は、静かだが拒絶の意がこもっていた。
「俺は、ここから先には行かねぇ」
「……行かないって……どうして?」
問いかける俺に、陣は答えなかった。
ただ、茜色に染まる校門の向こう側——俺が帰るべき『外の世界』を、どこか遠い目で見つめているだけだった。
「……ほら、さっさと行け。明日も遅刻すんなよ」
陣は俺に背を向けると、二度と振り返ることなく、夕闇が迫る校舎の中へと戻っていった。
校門に取り残された俺は、胸の奥がキュッと締め付けられるような、名も知れない不安に襲われていた。
(陣……君は、どうして……)
窓ガラスに映らなかった姿。
濡れなかった服。
学校の敷地から決して出ようとしない陣。
いくつもの小さな違和感が重なり合い、俺の心に静かな波紋を広げていく。
けれど、まだその答えを口にするのが怖くて、ただ小さくなっていく陣の背中を見つめ続けることしかできなかった。




