友達
日中の教室では滅多に姿を見かけない烏丸だったが、人が寄り付かない校舎裏のベンチや、旧校舎の空き教室に行けば、彼は必ずそこにいた。
「おい、どこ行くんだよ」
「え? あぁ、図書室に授業で使った本を返却するのを頼まれたんだ……って、うわぁっ」
重なった分厚い辞書の山がバランスを崩し、俺の手から滑り落ちそうになる。
けれど、崩れ落ちる前に背後から伸びてきた長い腕が、あっさりとそれを受け止めてくれた。
「……貸せ。モヤシみたいな腕でこんなに持てるわけねぇだろ」
「あ、ありがとう……でも、烏丸くんの分まで悪いよ」
「いいから黙って歩け」
ブツブツと文句を言いながらも、陣は俺の手から重い本の束をサラリと奪い取って、一人で軽々と歩き出してしまう。
ガラは悪くて言葉も乱暴だけど、烏丸くんは本当はすごく優しい奴だ。
それだけじゃない。
ある日、怪異から身を守るためにもらったお守り袋についている白猫のマスコットを見て、「……お前、このキャラ好きなのか」と陣がボソッと言ったことがあった。
「うん! ゆるくて可愛いよね!…あ、そういえば色ちがいの黒猫も持ってるんだ。烏丸くんにもあげようか?」
「は? いらねぇよ、そんなダサいもん」と一蹴されたので、半ば強引に彼の手に握らせておいたのだが——。
翌日、旧校舎の裏で会った陣の黒い鞄には、不器用そうにそのマスコットがぶら下がっていたのだ。
「あ、つけてくれてる!」
「……うるせぇ。捨てるのも勿体ねぇからつけてるだけだ」
ぷいっと横を向く陣の横顔を見て、思わず口元がゆるむ。同じ「見える」という秘密を共有できる存在ができただけでなく、憧れていた友達と過ごせることが、たまらなく嬉しかった。
と、同時に、余命が少ないことに悔しくなった。
(…あぁ、もっと、早く出会えていたら。君といる時間を失うのが怖い…)
***
――ある日のホームルーム。
「はい、じゃあ今日の連絡プリント、後ろに回してー」
先生の声とともに、前からのプリントが回ってくる。
今日も烏丸くんは教室に来ていなかった。日中の教室には滅多に現れない彼だったが、俺は、自分の分を取ると、そのまま隣の空き机の引き出しにそっと一枚を仕舞い込んだ。
あとで彼と合流した時に渡してあげよう、と思ったのだ。
すると、プリントを回してくれた前の席の女子生徒が、不思議そうに振り返った。
「あれ? 白石くん、なんで誰も使ってない空き机にプリント入れてるの?」
「っえ……あ」
心臓がハッと跳ね上がる。
『取り敢えず、他の奴の前でこんなこと話すんじゃねぇぞ』
出会った日に烏丸くんから不機嫌そうに釘を刺された言葉が、脳裏をよぎった。
(そうだ……烏丸くんと仲良くしてること、誰にも言わないでって言われてたんだ!)
烏丸くんは学校に中々来ないし、人目を嫌っている。俺との関係を知られたくないのだろう。
慌てて引き出しからプリントを引っ張り出し、愛想笑いを浮かべた。
「あ、ごめん! 自分の分を二枚重ねて入れちゃったかと思って、勘違いしちゃってさ!」
「なんだ、そっかー」
女子生徒は疑う様子もなく笑って前を向いた。
胸を撫でおろしつつ、カバンの中にプリントをしまい込む。
(あやかしが見えることも、ここで放課後に会ってることも……二人だけの秘密だもんね)
友人との『秘密』を守れたことに少し誇らしい気持ちになりながら、授業が終わるのを待った。
***
放課後。胸を躍らせながら、宵はいつものように旧校舎の裏へと向かった。
けれど、その途中の薄暗い渡り廊下で——奴らは現れた。
『ヒヒッ……美味ソウナ、ウスイケド、生ノ匂イガスル……』
「ッ!?」
湿った空気とともに、壁や天井からズルリと這い出てきたのは、これまでに見たこともないほど巨大で、黒いモヤのかかった、醜悪なあやかしだった。
あやかしのナニカが腕にかすり、衣服が裂ける。足がすくんで、後ろに倒れ込んだ。
(逃げなきゃ……! でも、動かない……!)
恐怖で息が詰まり、目を瞑ったその時。
「——俺の物に、勝手に手ぇ出してんじゃねぇ」
冷ややかな怒声とともに、凄まじい風が吹き荒れた。
恐る恐る目を開けると、目の前で仁王立ちになった烏丸くんの背中があった。
「陣…!危ない!!逃げてっ!!」
やっとできた友達を失うのが怖くて咄嗟に声をあげた。
しかし、あやかしに対して陣が鋭い眼光で睨みつけ、一歩踏み出しただ。宵には聞こえないような大きさで声を発した。
すると、さっきまで暴れていた巨大なあやかしたちは「ギャッ!?」と絶叫を上げ、まるで炎に焼かれるようにチリとなって消え去っていったのだ。
「……おい、白石。大丈夫か」
怪異を散らした陣が、ぽかんと陣を見つめる宵に手を差し伸べてくる。
その手を取ろうとして——俺は思わずその名を呼んでいた。
「……陣」
「……あ?」
「ありがとう……。助けてくれて、無事でいてくれて、本当にありがとう、陣……!」
夢中で彼の名前を呼び捨てにしていた。
陣は差し出した手のまま固まり、「……呼び捨てにすんな」と不機嫌そうに呟いたけれど。
その耳たぶがかすかに赤くなっているのを、俺は見逃さなかった。




