感謝
1月下旬。積もった雪が太陽に照らされ、眩しく光る日だった。
(……今日、行かなきゃ。もう、学校に行けるのは今日が最後かもしれない)
朝から身体は鉛のように重く、指先は氷のように冷たかった。
けれど俺は家族の制止を押し切り、最後の力を振り絞って学校へと向かった。
放課後。教室で荷物をまとめていると、竹田と田中が心配そうに顔を覗き込んできた。
「白石、顔色すげぇ悪いぞ。一緒に途中まで送ってこうか?」
「俺もカバン持ってやろうか? 無理すんなよな」
二人のどこまでも真っ直ぐで温かい優しさに、胸がギュッと締め付けられる。
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう……ねぇ、二人とも」
俺は足をとめて、二人に向き直った。
「俺ね、この学校に転校してきて……二人と出会えて、友達になれて、本当に嬉しかった。毎日すごく楽しかったよ。……本当に、ありがとうね」
唐突な俺の言葉に、竹田と田中は一瞬ぽかんとした顔をしたあと、少し照れくさそうに笑った。
「なんだよ急に! 改まって言われると恥ずかしいだろ!」
「そうだぞ。感謝なら卒業式でたっぷり聞くから、今は早く帰って休め! また明日な、白石!」
「……うん。また明日ね」
二人の笑顔をしっかりと網膜に焼き付け、俺は足をもつれさせながら、いつもの旧校舎裏へと向かった。
***
ベンチには、不機嫌そうに眉をひそめた陣が座っていた。
「……遅ぇぞ、宵。ってか、お前……! そんな顔色悪そうなのに、なんで来てんだよ!?」
俺の青ざめた顔と覚束ない足取りを見た陣は、弾かれたようにベンチから立ち上がり、すばやく俺の肩を抱きかかえてくれた。
「ごめんね、陣。……どうしても、陣の顔が見たくなっちゃって」
「お前バカなのか? 身体壊したら意味ねぇだろ!」
口では怒りながらも、陣は優しく俺をベンチに座らせ、自分の温かい手で俺の冷え切った手を包み込んでくれた。
陣の手から伝わる熱が、泣きたくなるほど心地いい。
俺は思い切って、陣の腰に手を回し、ぎゅっと抱きついた。
「うおっ……!? お、おい、宵!?」
突然のことに陣は焦っていたけれど、突き放すことはせず、そっと俺の背中に手を回して抱きかえしてくれた。陣の服からは、いつもの冬の風の匂いがした。
「陣……」
「なんだよ」
「陣に出会えて、俺……本当に幸せだったよ」
「……は? なんだよ急に。気持ち悪いな」
陣は照れくさそうに鼻を鳴らしたけれど、俺の真っ直ぐな視線に気づくと、少し困ったように眉を下げた。
「俺ね、人とうまく話せなくて、友達の作り方も知らなくて……ずっと寂しかったんだ。でも、陣が俺を見つけてくれたから。陣がずっと隣にいてくれたから、俺の毎日はすごく愛おしいものになったんだよ」
「……宵?」
「竹田や田中とも友達になれたし、二人でお出かけもできた。陣が、俺にたくさんの『初めて』と『特別』をくれたんだ」
陣は俺の言葉を静かに聞いていた。
その瞳に、かすかな不安と違和感が揺れているのが分かった。
「……お前、なんか変だぞ。まるで、もう会えねぇみたいな言い方すんなよ」
「……ふふ、ごめんごめん。感謝を伝えたくなっただけだよ」
俺は必死で込み上げる涙を押し殺し、胸の奥の叫びを飲み込んだ。
(言いたいよ……本当は『死にたくない』って。『ずっと陣の隣にいたい』って言いたいよ……!)
けれど、言えない。
あやかしとして終わらない時間を生きる陣に、これ以上深い傷を残したくなかったから。
「陣、大好きだよ」
「っ〜〜〜〜……!!」
不意打ちの言葉に、陣は耳まで真っ赤にしてあわてて視線を逸らした。
「……お、俺も……嫌いじゃねぇよ、馬鹿」
ぶっきらぼうに返してくれる陣の言葉が、世界で一番温かかった。
俺は自分の鞄についた白猫のキーホルダーにそっと触れた。
陣のバッグには、お揃いの黒猫のキーホルダーが揺れている。
「……じゃあね、陣。バイバイ」
「おう。無理すんなよ。……また明日な、宵」
「うん。またね」
叶うはずもない『また明日』の約束。
俺は何度も振り返りながら、陣の姿を焼き付けるように見つめ、ゆっくりと旧校舎裏を後にした。




