真実
2月中旬。あの日を最後に、宵が学校へやってくることは二度となかった。
旧校舎裏のベンチ。
降り積もった雪の上に、陣はぽつんと一人で座っていた。
「……宵。どんだけ休んでんだよ……」
あれから毎日、放課後になると陣はこのベンチで待っていた。
風が吹いて木の枝が揺れるたび、「宵か!?」と弾かれたように振り返る。けれどそこには誰もいない。
(また明日な、って言ったろ……。嘘つきやがって……)
胸の奥を痛みが締め付ける。
父親の恨みから解放され、学校の外へ出られる自由を手に入れたはずなのに、宵のいない世界は驚くほど冷たく、灰色だった。
その時——ザクッ、ザクッ、と雪を踏みしめる複数の足音が近づいてきた。
やってきたのは、竹田と田中だった。
二人は誰もいないはずの旧校舎裏へと歩いてくると、ベンチの前で立ち止まった。その顔はひどく蒼白で、目元は真っ赤に腫れ上がっていた。
「……ここ、白石がよく放課後に来てたって言ってた場所だよな」
田中の掠れた声に、竹田が黙って頷く。
陣は怪訝そうに眉をひそめ、二人の顔を見つめた。
「おい……お前ら、宵はどうしたんだ。なんで宵と一緒にいねぇんだ?」
叫んでも、声は二人に届かない。
田中はぎゅっと拳を握りしめると、耐えきれなくなったようにボロボロと大きな涙をこぼし始めた。
「……なんでだよ……! なんで白石、なんも言ってくれなかったんだよ……っ! 体が悪くて……卒業式まで生きられないなんて……! 俺
たち、友達だろ……!? なんで……っ!」
「田中、やめろ……白石だって……俺たちに心配かけたくなくて……だから……っ」
竹田も溢れる涙を拭おうともせず、声を押し殺して肩を震わせていた。
「……っは…?」
陣の思考が、ぴたりと止まった。
喉の奥が乾き、呼吸の仕方すら忘れたように息が詰まる。
「……なに言ってんだ……? 宵が…………?」
二人の会話の意味を頭が拒絶する。
卒業式まで生きられない。
白石宵の命は、最初からそこまでしかなかったのか。
(嘘だ……嘘だろ……?)
あの時の言葉が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
『陣に出会えて、俺……本当に幸せだったよ』
『陣が、俺にたくさんの初めてと特別をくれたんだ』
『陣、大好きだよ』
そして、抱きしめてきた時の身体の冷たさと、去り際のあの哀しげな笑顔。
(……あいつ、知ってて……! 自分がいなくなるって分かってて……あんな顔で笑ってたのかよ……)
声が出なかった。
叫ぶことすらできず、ただ目を見開いたまま、陣は立ち尽くしていた。
あやかしになってから何十年。ずっと止まっていた時間が、冷たい衝撃とともに崩れ落ちていく。
人間に見えるはずのないあやかしの瞳から、ポロポロと大きな涙が溢れ、静かに雪の上に落ちていった。
「……嘘、だろっ……宵……っ」
陣は自分のバッグにぶら下がる【黒猫のキーホルダー】を、壊れそうなほど強く握りしめた。
宵の手が触れていた、対になる白猫のキーホルダーの温もりを思い出しながら。
「また明日な、って……言ったじゃねぇかよ……っ……」
声にならない掠れた呟きだけが、誰の耳にも届くことなく、寒空の中庭に虚しく消えていった。




