冬休みーお出かけー
冬休みに入り、誰もいない冬の街。
吐く息が真っ白に染まる12月下旬の澄んだ空気の中、俺と陣は初めて学校の外へと足を伸ばしていた。
「……うわ、すげぇな。俺がいた頃と全然違ぇや」
陣は街並みや新しくできたお店を物珍しそうに見渡していた。
周りの人間には、俺が一人で歩いているようにしか見えていない。けれど、隣で私服姿——陣なりに頑張っておしゃれしてきたらしく、いつもの学ランではなくカジュアルな上着に身を包んだ陣のぬくもりは、確かに俺の隣にあった。
その時、陣が肩からかけている小さなバッグの端で、ゆらゆらと揺れるものが目に入った。
「あ……陣、それ!」
「あん? なんだよ」
それは以前、俺があげた二人でお揃いで持っていたあのペアキーホルダーだった。陣のバッグにぶら下がっていたのは、黒猫のマスコットのキーホルダー。いつもは学校の鞄につけていたはずのものだ。
「それ、学校の鞄から、わざわざ今日のお出かけ用のバッグに付け替えてきてくれたの?」
「っ〜〜〜〜!!」
図星だったらしく、陣の顔が一瞬で真っ赤になった。陣であわててキーホルダーを手で覆い隠すと、そっぽを向いてぶっきらぼうに言い放った。
「……ちっ、違ぇよ! 学校の中だけでしかつけねぇのは勿体ねぇから、たまたま付けてきただけだ!! 勘違いすんじゃねぇ!」
照れ隠し全開の陣が可笑しくて、愛おしくて、俺は自分の鞄から対になる白猫のマスコットキーホルダーを取り出してみせた。
「ふふ、ごめんごめん。でもね、俺も一緒なんだ。……ほら、白猫と黒猫でお揃いだね、陣」
ゆらゆら揺れるふたつの猫のキーホルダー。
陣は気まずそうに耳まで真っ赤にしながら、
嬉しそうに口角を緩めていた。
***
「陣、あそこのケーキ屋さん入ってみようよ。田中たちが美味しいって言ってたんだ」
「ん、 お前が食いたいもん、全部買ってやるよ」
陣が嬉しそうに俺の隣を歩く。
その道中、街の影や路地裏から、こちらをじっと覗き込む異形のものたち——あやかしの視線を感じた。
(……あやかしの姿が、前よりもはっきりと見えちゃってるな……)
体力が落ち、死期が近づくにつれて、俺の『視える力』は以前にも増して強くなっていた。
急に強い目眩がして視界が歪み、俺はその場にふらりとよろめいてしまう。
「っと……! オイ、宵! 大丈夫か!?」
陣がすばやく俺の肩を抱きかかえてくれた。
「あ……ごめん、陣。ちょっと立ちくらみがしただけ……」
「嘘つけ、顔真っ白じゃねぇか。ほら、そこのベンチ座るぞ」
陣は俺を近くの公園のベンチに座らせると、心配そうに俺の手をギュッと握りしめた。
陣の手は温かかったけれど、俺の手はもう感覚がなくなるほど冷たくなっていた。
「無理すんなって言ったろ……お前、身体弱いんだろ。ちゃんと病院行けよ?」
「……うん。ありがとう、陣」
陣の真っ直ぐで優しい瞳。
陣は俺が病弱なことは知っているけれど、まさか「あと2ヶ月も生きられない」なんて、夢にも思っていない。
外の世界へ一緒に出かけられて、バッグに黒猫のキーホルダーまで付け替えてこんなに楽しそうに笑ってくれている陣に、本当のことなんて絶対に言えなかった。
公園の空を見上げると、チラチラと白い雪が舞い降りてきた。今年、初めての初雪だった。
「あ……雪だ」
「うわ、本当だ。寒ぇわけだなぁ」
陣が嬉しそうに空を見上げて笑う。
「ははっ。あやかしなのに寒いとかは分かるんだ?」
「うるせー」
軽く冗談を言いながら、こそっとその笑顔を眩しく見つめる。
俺の胸は締め付けられるように痛んだ。
(……きれいだな。陣と一緒に雪を見られて、すごく嬉しい)
でも、雪はいずれ溶けて消えてしまう。
それと同じように、俺の命も、この冬が終わる頃には消えてしまうんだ。
卒業式は、もう迎えられない。
陣と過ごせる時間は、あとほんのわずかしか
残されていない。
「……ねぇ、陣」
「ん? なんだ?」
「今日、一緒にお出かけしてくれて……本当にありがとう。俺、すごく幸せだよ」
「なにいってんだよ、大袈裟だな。また来年も、その次も、いつでも付き合ってやるって。俺はもう死んでるわけだしな。時間だけは無限にあるし。」
「ははっ、……うん。」
『来年』も『その次』も存在しない未来の約束に、俺は必死で涙を噛み殺しながら、静かに頷くことしかできなかった。
冬の冷たい風と雪が、残された時間を非情にも削っていく——。




