遅れた手紙
あの倒れた日から、3日が過ぎた。
体調が少し落ち着き、俺は再び学校へと登校していた。
(あと、たったの3ヶ月……)
余命を宣告されたショックと気落ちを隠し、竹田や田中には「もう平気平気!」といつものように明るく接する。陣に対しても同じだ。余計な心配はかけたくない。
そして何より……俺は、陣があやかしなのではないかと勘づき始めていた。
でも、この優しくて温かい関係を壊したくなくて、その疑念に気づかないフリを続けていた。
「ねぇ、陣」
放課後、いつもの旧校舎裏のベンチ。
俺は決意を固め、陣の隣に腰を下ろした。残り少ない時間の中で、後悔したくなかったから。
「陣の昔の話ききたい。」
「……あ?」
「陣のこと、色々知りたいんだ。」
陣は鬱陶しそうに顔を歪めたが、俺が真剣な目で見つめると、諦めたようにため息を吐いた。自分が人間ではないことには触れず、ぽつり、ぽつりと語り出したのは、父親への深い恨みだった。
勝手に再婚したこと。信じていた仲間に裏切られたこと。実の父親に信じてもらえず殴られたこと。いい子をやめて髪を染め、ピアスを開けて拒絶の鎧を纏ったこと。そして、恨んだまま父親が死んでしまったこと。
「俺は今でも、あいつを許してねぇよ」
そう吐き捨てる陣の横顔は、あまりにも寂しそうだった。
(陣……。もし君が人間でも、人間でなくても……このまま恨みを抱えたままいてほしくない)
余計なお世話だと分かっていた。でも俺は、陣の父親の墓がある場所を陣から聞き出した。
絶対にいくなよとは言われたが、次の休日、俺は一人でこっそりそのお墓へと足を運んだのだ。
***
線香をあげて手を合わせていると、後ろから声をかけられた。
「あの…どちら様ですか?」
振り返ると、そこにいたのは中学二年生くらいの、おとなしそうな好青年だった。
「俺は、陣の友達です」と答えると、少年は驚いた顔をし、「少しお話ししませんか」と近くの喫茶店へ誘ってくれた。
彼は、陣の父親の再婚相手の連れ子——つまり陣の義理の弟だった。
「……僕、ずっと後悔してるんです。母のせいとはいえ、陣兄さんを家から追いやってしまったこと……幼かった僕には何もできなくて」
少年は申し訳なさそうに身を縮こまらせ、そして言葉を続けた。その口から出た言葉に、俺は耳を疑った。
「兄さんが……突然の事故で急に死んでしまった時も、何もできませんでした……」
(……死んだ……?)
頭の中が真っ白になる。やっぱり、陣はもうこの世の人間じゃない。あやかしなんだ。
頭では分かっていたはずなのに、現実として突きつけられた衝撃に胸が締め付けられる。
「でもね、父さんはずっと兄さんのことを愛していたんです。これを……受け取ってください」
少年が鞄から取り出したのは、一通の古びた手紙だった。
「父が生前に書いていた手紙です。兄さんが出て行った後に……。母から内緒で盗み出しました。本来なら兄さんが持つべきものだけど、突然の死でお骨もお墓に入れてあげられず、母も興味がなく、どうすればいいか悩んでいたんです。でも……今日、兄さんを大切に思ってくれているあなたに出会えた。あなたに渡すべきだと思ったんです」
手紙には、陣への謝罪と、信じてやれなかった後悔、そして『一人で寂しくないようにと焦って再婚した自分の間違い』を悔やむ、父親の痛切な愛が綴られていた。
少年と陣の思い出を語り合いながら、俺の心には複雑な感情が渦巻いていた。
やっぱり陣はもう死んでいる。けれど……あやかしの陣と出会い、救われた俺の気持ちに偽りはない。
***
次の日。俺は学校の旧校舎裏へ向かった。
陣はいつも通り、茜色の夕日の中で待っていた。俺はなにも知らないいフリをしたまま、そっとその手紙を差し出した。
「……なんだこれ」
「陣のお父さんの手紙だよ。……読んでほしいんだ」
「っ!まさか、はぁ。。。行ったのかよ…勝手に
」
「うん、ごめん。」
陣は不快そうに眉をひそめたが、俺の強い視線に押され、ゆっくりと封を開けた。
手紙を追う陣の瞳が、次第に大きく見開かれていく。
そこにあったのは、恨み続けていた父親からの、あまりにも遅すぎた、けれど紛れもない愛の告白だった。
『陣、信じてやれなくてごめん……。お前の居場所を奪ったのは俺だ……本当は、ずっと後悔していた。陣が一人でいるのは寂しいのではないかと、母親が必要なのではないかと、再婚したんだ。でもそれは俺のエゴでしかなかった……。母さんが死んだショックで周りを見えてなかった。許さなくていい。戻らなくていい。今さら父親面する資格もない。…でも、幸せになってほしいと、心から願っている。…愛してる陣。』
「……っ……なん、だよっ、これ……っ」
指先が震え、手紙の紙面が揺れる。
陣の目から、ぽろぽろと大きな涙が溢れ出し、夕日に照らされた頬を伝ってこぼれ落ちた。
「……なんで……今更……親父……っ」
陣は顔を覆い、子供のように声を押し殺して泣いた。
解けることのなかった恨みが、深い愛と涙によって溶けていく。
俺は何も言わず、ただ静かに陣の隣に寄り添い続けた。




