桃色フィルムと生きたい理由
文化祭当日。11月の肌寒い風を吹き飛ばすように、校内は溢れんばかりの人波と熱気に包まれていた。
「いらっしゃいませ……っ」
フリルのついた甘いデザインのメイド服に身を包み、俺は顔を真っ赤にしながらお客様を席へ案内していた。
「ひゅーっ! 白石、似合いすぎだろ! マジで女子かと見紛うわ!」
「おい田中、冷やかすなよ。白石、案外ノリノリで接客してて偉いぞ」
竹田と田中に冷やかされながらも、初めての文化祭に俺の胸は踊っていた。だが……朝からずっと胸の奥が重く、頭が目眩でクラクラとしていた。
(ダメだ、みんなに迷惑かけられないし……せっかくの文化祭なんだから、楽しみたい)
体調の悪さを必死に隠して笑顔を振りまいていた時。教室の入り口付近の壁に寄りかかり、腕を組んで不機嫌そうにこちらを見ている陣の姿が目に入った。
(あ……陣だ)
目が合うと、陣は気まずそうにそっぽを向く。竹田たちと楽しそうに話す俺を見て、どこか機嫌が悪そうにみえた。
***
休憩時間になり廊下に出ると、待っていた陣にガシッと腕を引っ張られた。連れ込まれたのは、誰もいない空き教室。
「……陣?」
「なんだその格好。似合ってねぇぞ」
「えー、ひどいな! 田中たちには好評だったのに」
「あいつらの話なんか聞いてねぇ」
ぶっきらぼうに吐き捨てる陣だったが、その耳はうっすら赤くなっていた。俺はポケットから一台のチェキカメラを取り出す。
「さっき文化祭委員の子から借りたんだ!一緒にとろう!」
「…は?ちょ、おいっ」
半ば強引に陣の腕を引っ張って隣に並ばせ、カメラのレンズを自分たちに向ける。パシャリ、と白いフラッシュが光り、一枚のフィルムが吐き出された。
「着替えろ。体冷えるだろ、宵」
「はいはい。じゃあ、受付のシフトが終わったら、今度こそ一緒に校内まわろうね!」
私服に着替えた俺は、教室前の受付の仕事へと戻った。
だが、受付に座って一人で作業をしていると——。
「すみません、私にもチケットを一枚いただけますか?」
低く掠れた声に、「あ、はいどうぞ!」と笑顔でチケットを差し出しながら顔を上げた。
そこにあったのは、人間に化け損ねたような、異形の大口を開けた巨大なあやかしの顔だった。
「ひっ……!?」
『ふふ……やっぱり、反応した……!』
あやかしが黒いモヤのかかった爪を振り上げ、こちらへ襲いかかってくる。
恐ろしさと、押し寄せる強い目眩と胸の苦しみ。あやかしの強い毒気に当てられ、俺の視界は真っ暗に染まっていった。
***
「……白石? オイ、白石!」
目を覚ますと、そこは保健室のベッドの上だった。脇には心配そうに見つめる竹田と田中の姿があった。
「よかったあぁぁ! 急に倒れるからマジで焦ったぞ!」
「無理すんなよ白石。残りのシフトは俺と田中が代わっておくから、今日はゆっくり休め」
「二人とも、ありがとう……ごめんね」
二人が去り、静かになった保健室。
ポケットに手を入れると、さっき空き教室で陣と撮ったチェキの写真が入っていた。
浮かび上がった画像を見て、息を止めた。
写真には——メイド服を着て笑う俺の隣に、誰も写っていなかった。
ただ空虚な背景だけが写っている。
(……なんで? 陣は、ここにいたのに……)
雨の日の水滴ひとつついていなかった服。
晴れの日の窓ガラスに映らなかった姿。
学校の敷地から一歩も出られない理由。
——そういえば、今まで陣が俺以外の誰かと話しているところを一度も見たことがない。
陣は『他の奴には俺と話してるの言うな』と言っていたけれど……もしかして。
(もしかして……自分以外の誰にも、最初から陣の姿なんて見えていなかったんじゃ……?)
背中を冷たい汗が伝う。
陣は人間じゃなくて、あやかしなのかもしれない。
けれど……それを認めてしまったら、今の優しくて温かい関係が壊れて消えてしまう気がして、必死に疑念を打ち消そうとした。
そこへ、ガラリと保健室のドアが開いた。
「おい!……大丈夫か!」
息を切らせて駆け込んできた陣。その瞳には、隠しきれない焦りと心配の色が浮かんでいた。
「あ、陣……平気だよ、ちょっと立ちくらみがしただけ」
「……嘘つけ。顔色が真っ白じゃねぇか」
陣はぶっきらぼうに手を伸ばし、心配そうに俺の顔を覗き込む。
陣のその温かい瞳を見つめながら、胸が締め付けられるように痛んだ。
***
だが、体調は戻らなかった。
そのまま病院へ搬送された俺は、医師から残酷な事実を告げられる。
「……白石くん。残念だが、今の状態では……3月の卒業式まで体が持ちそうにない。持つとしても……あと3ヶ月だ」
余命わずかだとは知っていた。けれど、3月を目前にした11月のいま、「あと3ヶ月の命」という具体的な数字を突きつけられたのは初めてだった。
今までは、「どうせ長く生きられないなら、いつ死んでもいいや」と投げやりに思っていた。
でも——今の俺には、優しく声をかけてくれる友達ができた。
そして何より、「宵」と呼び、守ってくれる陣に出会えたのだ。
病院の廊下を抜け、一人きりになれる中庭のベンチへ辿り着いた瞬間。
押し殺していた感情が、溢れ出してきた。
「やだ……なんでだよ……っ」
ボロボロと大きな涙が溢れ、止まらなくなる。
「死に、たく、ない……っ。あとたった3ヶ月なんて……。 陣と……みんなと、もっと一緒にいたいよ……っ!」
夕空の下、俺は一人で、声を殺して泣き続けた。




