第32話 残像の追憶(後編)
いつも読んでいただきありがとうございます。
池田は、
「美味しい紅茶とお菓子があるの…
いただきましょうか…」
「あっ…私…手伝います。」
美織が立ち上がると、谷本も
「じゃあ、僕も手伝います…」
「あら、優しいのね…」
3人は仲良く席を立った。
〜3人はお茶を淹れて席に戻った…
「さぁ、続き続き…」池田は嬉しそうに、
話し始めた。
「なんか元彌の話しだと、私が悪者みたいだから…
納得いかないの…」
「えっ、先生が悪者には見えてないですけど…」
「私が最後、元彌に話しが出来なかったから…」
池田は2人の顔を見て、
「2人に話しをしたいの…」
「まず…私と元彌と出会ったのは、
大学で、石膏像のデッサンの授業があってね、
1人だけ何も描かずに座っていたのが、
元彌だった…お昼休みに私から声を掛けた、
『何で描かないの?やる気ないの?…』
って、聞いたの…
そしたら元彌は
『もう描けたから、今からキャンパスに写すよ…』
そう言ったの…」
「最初は何を言ってるかわからなかった…
そしたら、いきなり木炭で描き始めた
彼の絵には迷いが無いの…
元彌が言った通り、1時間半キャンパスを睨んで、
頭の中で描いていたの…
実際に手を動かしたのは、
15分から20分くらいだった…」
「同級生達も、その異常さに
言葉を失ったのを、今でも憶えてる…」
それがきっかけで、元彌に興味を持った私が
声を掛けるようになったの…
いつの間にか、一緒にいる事が自然になった。
美術館に行って、いろいろな絵画も
一緒に見た…私にとって一番幸せだった時間だった…
その頃私は、DVシェルターから大学に通っていたんだけど、
元彌と同棲をはじめてしまったの…
保護員からは、大学を卒業してからにした方が良いと、
釘を刺されたけど…
結局、シェルターから出てしまった…
幸せで気が緩んでしまって、
毎日やっていた尾行対策や保護員との
連絡共有すらしなくなって…
それで、大学から父親に尾行されたのね、
見つかってしまったの…
その時期が、妊娠が分かって3ヶ月が経った頃で、
元彌もアルバイトを増やして頑張っていた時期だったから…
相談もできなくて、
その時は突然来た。
元彌のアパートに帰ると、父親が立っていたの…
『麻里…頼む、父さんが悪かった…戻ってきてくれ…』
そんな言葉に騙されて、
話しを聞いてしまったの…
父さんのこと昔は優しくて、大好きだった…
母さんが亡くなって、人格が変わってしまったけれど、
私にとってはたった一人の肉親だと…
保護観察員に報告せず、
ついて行ってしまった…
私が妊娠してすぐに居なくなった…
って話しね…
それがちょうどこの時期。
私の父に籠原のマンションがバレて、
連れ戻された時に、
私が妊娠しているとを伝えたの…
父親の表情が豹変して…
髪の毛を掴まれて…暴力を受けた…
その時にお腹を殴られて…
池田は少し悲しそうな表情を見せた…
今までよりも…
少しだけ空気が重くなった気がした。
「私は産みたかったの…ホントは…
でもね、お腹をなぐられたせいで
出血が止まらなくて、救急搬送され、
そのまま入院した。
結局、赤ちゃんは諦めるしかなかった…
その後よ逃げ出したのは…」
「元彌にも合わす顔がなくて…
隙を見てDVシェルターに逃げ込んだの、
今のシェルターは流産の件もあって、
名前を変えて地方都市に移り、
新しい生活を進められた、
持っていた携帯を渡して、
新しい携帯をもらった…」
「大学も最後は、卒業出来たけれど、
それは保護プロジェクトのサポートがあったから卒業できた…」
「そして…今までの人間関係をリセットしたの…」
「誰から情報が流れるかわからないから、
それまでの人間関係はある日、突然切られるの…」
池田は軽く自分の手を摩った…
「私は、父が怖かったの…
殺されるといつも思っていた…
それでも、父親である現実は変わらない…
心のどこかで、信じていて…
最後に裏切られる…それは毎回同じなのに…」
「でもね…お腹の赤ちゃんが産まれたら、
私も父と同じように、暴力を振るってしまうんじゃないかと…
怖くなる事もあってね…
その時ね…思ったの、私の所に産まれてこなくて良かった…」
池田の瞳から、涙が溢れていた。
美織が口を挟んだ。
「先生はきっと、良いお母さんになったと思います。
籠原さんが描いた、この絵を見ればわかります。」
池田は美織を見て微笑んだ。
美織が真剣な顔で
「池田先生…DV保護について聞いても良いですか?」
池田は少し不思議に思ったけれど、
「どうしたの?美織さん
DV保護プロジェクトに興味があるの?…」
そう聞くと…
美織が
「はい…実は…私…友人が、
DV保護で、どこかに行ってしまって、
連絡が付かないんです。」
池田は
「どうしてDVだってわかったの?…」
「電話で聞いたんです…」
池田は少し難しい顔をして、
「本人と電話したの…?」
「はい…少しですが、
非通知で掛かってきました。」
「それは、もの凄く珍しいケースだと思う…
通常は連絡しない方が良いと強く勧められて、
電話する事を諦めてしまうの…」
池田は美織の顔を見て説明を付け足した。
「電話する場合も、保護員の携帯から非表示通信で、
保護員の目の前で電話をする事になるから、ほぼ詳しくは説明出来ない…」
美織は残念そうな顔で、
「私は連絡をもらえただけ、良かった…って事ですか?…」
池田は少し首を傾げた…
「DV保護になると、誰かに連絡を取る事は不可能…
私も元彌に連絡することは許されなかったわ…」
「でも、携帯があるなら…なんとか連絡だって取れるんじゃ…」
「それはね…命に関わる事だから、
本人がやっぱり警戒するし、
万が一連絡を取った事で見つかって私が殺されたら、
その連絡を取った人だって罪悪感が生まれるでしょ…」
「元彌は、殺人と言う方法で私を守ってくれたけど…
それは、良い判断ではないよね…」
「美織さん…それほど、辛いの…DVは、
全てを捨てても、逃げたい…それがDVなの…」
「美織ちゃんの友達は、DVの事実を伝えたなんて、
余程に頼りにしてたのね…。
いつか会えるといいわね。」
「はい、ありがとうございます。」
また次回も読んでいただけると嬉しいです。




