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ウォッチアウト  作者: ヒルマ・デネタ
第一章 時計の町
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1-9


「その言葉を見つけて、調べようとしたらぎゃんぎゃんいわれた。何に繋がるか、わたしにはわからん。想像もできんことかもしれん。大学もクビになった。もう疲れてな。それから、この地下の城での籠城さ」

「人の目を気にしてか?」

 アトリがいった。グースベリーは思案した。

「それもあるな。あとは好奇心に負けそうになるからだ。これ以上やれば、掃除屋に消されるかもしれん」

 グースベリーが笑うと、前髪が鼻息で揺れた。

「けど絶対に世界機構の奴らは、歴史を隠している。未来から来た人間が過去に街をつくる。そして過去の人間に虐殺された。これが学校の教科書に載っている歴史だ。けど、これにはあまりにも無理がある。不自然だ。そう思うだろう?」

「自分の想像の範疇を越えた人間が大量に現れたら、人間は残酷になるものじゃないですか」

 ヒクイがいった。

「お前さんのいう通りだ。未来人も少し考えればそんなことわかるはずだ。それなのに、堂々と大人数で未来からやってきて、街までつくった。あまりにも無謀すぎる。そうだろう?」

 アトリは黙って聞いていた。

「未来人はブラックホールの発生に失敗し、木星を傷つけ、その影響で地球に巨大小惑星が落ちてき、地球の生物の八十パーセントは死んだ。これが百四十年前の話。歴史ではこの隕石が落ちて、三か月間は死の世界だったとある。だが、それはあり得ん。太陽の光が戻って来るにも二十年はかかるはずだ。恐竜がいた時代の話に似ことがあったらしい。実際にあった歴史を参考に、ブラックホールの発生に失敗したという歴史をでっちあげたんだ」

「なんのために、ですか?」

 エナガが聞く。

「そんなの本当のことを隠すためさ。真実は世界機構にとって都合が悪いのだろう。世界のトップが倫理観で問題があったら無視されるからな。誰もいうことを聞かんくなる。全部が嘘ではないかもしれん。半分ぐらいは本当かもな。全部隠すより半分くらい本当のことを伝えておいた方が人は、信じやすい。嘘を吐く人間の方も、少しは気持ちが楽になる。妄想といわれたら、反論はできん。けど、この地下で世界に禁じられたことを学ぶのはやめられん。わたしだけはわたしの妄想を信じ続ける。わたしの頭の世界だけは誰にも禁じられない。わたしの世界がわたしにとって正しい限り、この地下からは出ることはない」

「ここから出る理由になるような、やりたいことは他に見つからないのか?頭の外側の世界で」

 アトリは余計なお世話だとわかりつつも、心配した。グースベリーはそうだな、とぼそっとつぶやいた。

「世間から逸脱したものに惚れこむと、皆が持っているものを手に入れにくくなる。正直、他人が羨ましいと思うことも何度かあった。いや、何度も。けれど、誰も見向きもしない、自分しか理解できないようなものも、手放したくはないのだ。両方手にすることもできたかもしれん。わたしは結局、皆が持っとるものを見て見ぬふりをした。興味をないふりをして、自分を愛し続けた。後悔はない。けれど、外に触れると後悔するのがわかる。今の私に残っているものは、自分のためだけの知識だけだ。長く生きても、後悔は取り戻せん。使い込んだ時間を後悔するほど、いたたまれない恐怖はないだろう。気持ちに区切りをつけるのも、下手くそでね。欲しいものはすべて手に入らない。誰もがそうだ。知っている。諦めきれない、諦めのなかに希望を捜しているんだ。ずっとな」







 ハーリキン市警、警部補のチュウヒ・チャービルは、取調室で時間教祖ことタイムと机を挟んで向き合っていた。日がさんさんと照る外の夏日和の朝にしては、憂鬱な空間であった。チュウヒは自覚がないが、瞬きをあまりしない。重いまぶたに、逆三角形を思わせる目の輪郭。その中の小さな瞳。その瞳から感情はのぞけないが、向けられた者は自分の心を見透かされていると錯覚してしまうらしい。けれどそれにタイムは例外だった。むしろ逆であった。分厚い眼鏡のレンズを通して、心を、思考を、タイムに見破られている。そういう錯覚に陥らせる。それにタイムの特徴は大きな眼鏡以外、記憶に残るものはなかった。時間犯の顔は誰にも覚えられない。そういう噂は警察の中でも流れていた。チュウヒは不精髭をひとなでする。

「タイムさん、これは苗字だね。お名前は?」

 チュウヒはできるだけ柔らかい口調で話すように心掛けた。

「気に入らなかったので捨てました」

 タイムの声は透き通っていて、耳心地の良い声だった。例えるなら、海の泡のような、揺れる太陽を仰ぎながら、底に沈んでいくような、そんな感じだった。チュウヒはおもしろいジョークを聞いたように笑った。

「捨てたにしても、覚えているだろう?」

「忘却の彼方に捨てたのです」

「すごいな、時間犯さんはそんなこともできるのか」

「わたくしは時間犯ではありません。時間教でございます」

「世間では、『犯』も『教』も同じなんだよ。キャベツとレタスの区別がつかないのと同じようにな」

 チュウヒはブッロコリーとカリフラワーの区別もつかない。

「世間の皆さまが間違っているのです。わたくしは時間教です」

「……じゃあ、時間教のタイムさん。なぜ、うちに出頭した?」

「ハーリキンは未来人がつくった街。わたくし共にとっては聖地です。終わりにするなら、ここがよかった」

「おわりにするたって、派手な宣言をしてからまだ一年じゃないか。それにあれ、タイムパラドックスの証明への情熱はそんなものだったのかい?」

 挑発してみたが、タイムは微笑を浮かべているのか、いないのか、それさえ判断ができない不気味な表情で黙っていた。

「あれだろ、親殺しのパラドックス。例えにしても、むごいねぇ」

「けれど明確でシンプルでわかりやすい。質問してもよろしいですか」

「なんだい?」

「わたくしはいつグラフ刑務所へ?」

「明々後日、今日を入れて四日後だ。なんだ?もうここは飽きたか?」

「いえ」

 チュウヒの答えはタイムの予定と間違っていなかった。タイムは机の下で、三本指を立てて、一本折った。




「後悔してるよ。ただ、ひとりが嫌だったんだ。悪いことをすれば、孤独にならなかった。ある街のバーで酒を交わした男と次の日、オークションに出せるようなものを盗みに出かけたさ。でも、間違えないでくれ。俺はね、殺しはしていない。十年以上、オークションの仕事しかしていない。孤独にならないようにしていただけさ」

 市警のまた違う部屋で、オジロ・アカンサス四日前に逮捕したブルーベルの調書を取っていた。チャービルがタイムを担当することになったため、オジロに役目がまわってきた。ブルーベルはずっと泣きそうな顔をしているが、涙を見たことがチャービルにもオジロにもなかった。

「反省はもういいから。俺の聞いていることを教えて欲しいんだ」

 オジロがどうにかこうにかこしらえた笑顔でブルーベルに伝えた。ブルーベルは目を細める。涙は出ない。声も出さない。

「わかった。もう一度聞く。あなたは、時間教の教祖と関係ありますか?ブルーベル、あなたが時間教徒だってことは、」

「ないよ!俺は時間教徒なんかじゃない!」

 ブルーベルはオジロの言葉を遮って、声を荒げた。

「けどね、ブルーベル。あまりにもタイミングが近いんだ。タイムがハーリキンに捕まり来たのと、あなたがハーリキンに捕まりに来たのも」

「俺はここに捕まりに来たんじゃない。逃げにきたんだ、ここに!」

 感情任せに机を叩くブルーベルに、オジロは「やめなさい」と、手をおろさせた。ブルーベルはいかにも号泣しているかのような声の震わせかたをするが、彼のまつげも頬もけして、濡れない。

「未来人の闇オークションに関わっていたのに、なぜ逃亡先にハーリキンを?」

「ほら。木を隠すなら森にっていう言葉があるだろう?オークション品を未来人博物館から盗む馬鹿はいねえしな。あえて、未来人の印象が強いところに逃げ込めば、見つからないと思ったんだ。灯台下暗しっていうしな。名案だったよ」

 でもお前、捕まったじゃないか。そんなことをオジロは口には出さない。

「この話、違う刑事さんにもしたぜ?」

「何度だって同じことを聞くのがわたし達の仕事でね。だからもう一度、君を孤独から救ってくれた共犯者の名前を教えてくれ。いい忘れがあるかもしれないし、わたし達の聞き間違いもね」

オジロが調書をめくる。そこにはブルーベルがためらいなく教えてくれた、オークションの出品に関わった窃盗犯の名前が並んでいた。その中に、マガモ・ジュニパーの名前があった。




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