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ウォッチアウト  作者: ヒルマ・デネタ
第一章 時計の町
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1-8



五時通りから二本入った裏道は薄暗く、遠く日の当たる下から聞こえる生活の音が、アトリ達が立っている場所を不安にした。見上げれば、青空が暗い建物と建物の間に切り取られ、くっきりと眩しい。ヒクイがドラム缶を見下ろす。

「みどりのドラム缶って、これか」

 腰をかけるには頼りない木箱が二段に重ねられ、その隣にところどころ色がはげ、錆びたドラム缶があった。ヒクイがドラム缶の上をノックした。裏道にその音が、鈍く響く。とりあえず待ったが、反応がない。

「そんな優しい音じゃ聞こえないんだよ」

 アトリが右手を開いて、振り下ろした。途端、ドラム缶の上部が開き、アトリのてのひらは出てきた男の頭を痛み付け、包んだ。しばし誰も動かず、アトリはそっと手を避けて背中に隠した。

「すいません」

「証明を見せなさい」

 アトリの謝罪を無下にした男は、鼻の半分までを黒く厚い前髪で隠し、何十年と櫛を通していない荒れ狂った髪に、染みだらけで黄ばんだ白衣を着ていた。

「あんたがグースベリーか?」

 アトリが確認する。

「呼ばれた客か証明を見してくれ」

 グースベリーが催促をする。エナガは慌てて、ぶかぶかの腕時計を見せた。エナガは前髪でよく見えないのではないかと心配したが、グースベリーはすぐに入りなさい、と顔を引っ込めた。アトリがドラム缶のなかを覗くと、階段になっていた。

「最後の奴はドアと鍵、閉めてくれよ」

 階段の下からグースベリーが注意した。

「ドアね」

 アトリはドラム缶を見た。これがドアというにはややこしく、さびしい玄関だった。

 三人はドラム缶の中に入り、踏むたびに今にも底が抜けそうな音が鳴る階段を下りると、そこは本と紙の森だった。獣道のように一本歩けるところがあった地下の住処は閉鎖的ではあるが、案外明るく、少し眩しいくらいだった。アトリ、エナガ、ヒクイの順に先へ進む。辿りついたそこもまた、本と紙に埋もれた広い食卓があった。グースベリーは食卓から二脚、椅子を引きずり出した。

「ものを置いていないのはそのふたつしかない。ひとつはわしのだ」

 一脚、自分の方に寄せ、グースベリーは傾いた食器棚を漁り出した。

「エナちゃん座りな」

 ヒクイがエナガを座らせた。

「すいません」

 エナガはそっと椅子に座った。アトリは床に落ちていたペンを拾うと食卓に置き、床に座った。

「コップはふたつしかない。ひとつはわしのだ。まずはお嬢さん」

 グースベリーはマグカップを食卓に置いた。エナガは礼いって、中身を覗くと水だった。グースベリーはまた違う所へ走って行き、どさがさと、騒がして戻って来た。

「あんたはこれ」

 グースベリーはヒクイに細長い花びんを渡し、

「あんたはこっち」

 アトリにじょうろを渡した。

「ちゃんと洗った。心配ない」

 グースベリーは椅子に座って、一息ついた。

「どうやって飲むんだよ」

 アトリはじょうろを抱え、茫然とする。

「浴びるように飲めばいいんだろう」

 ヒクイも床に座ると、花びんを隣に置いた。アトリもそれに倣った。

「スイバから電話で聞いた。タイムトラベルについて聞きたいらしいな。どこからだ?高次元時空の検証実験の話からか?これはブラックホールを作る実験の話だ」

 グースベリーはこもった声で早口で喋る。エナガは隣のアトリを困ったように見た。アトリはその困った視線をそのまま伝言ゲームのようにヒクイの方へ運んだ。

「無知な立場でこんなことをいうのもあれですが、そこまで遡るのは厳しいですね」

 ヒクイは話が長くなることを遠慮した。

「俺達は、タイムトラベルというよりは、タイムマシンについて知りたいんです。どういう仕組みというよりかは、どうやって乗るのか、とか。搭乗口はどうなっているのか、みたいな」

 ヒクイは曖昧ながらも求めている情報を要約した。グースベリーの答えは早かった。

「知らん」

 ヒクイは思わずとまどいの声をこぼした。

「タイムマシンについてはスイバと同じことぐらいしか知らんよ。今でもどこかに残っている。わたしの知識はそれぐらいだ」

 グースベリーは自分が住んでいる街がタイムマシンだとは想像もしていない。アトリはそれに同情した。

「けれど、残っているタイムマシンは世界機構の掃除屋が処分しているらしいぞ」

「掃除屋?」

 エナガが聞き返す。

「詳しくは知らん」

 グースベリーは知らんを繰り返した。アトリは無駄足だったかと、早く地上へ帰ることを考え出していた。

「わたしが話せるのは、タイムトラベルについてだけだ。ワームホールについては?」

「それはスイバ館長から聞いたよ」

 アトリは話を聞くのが面倒だという態度をあからさまにとった。グースベリーそんなことに気づかないまま、食卓に積み上がった本の下から紙を引っ張り出して、さっきアトリが拾ったペンを握った。グースベリーは紙に大きな円を描いた。その中にいくつか小さい円を描いた。

「ワームホールの中にはいくつものパイプがある。時空のパイプだ。その中に、思考時空と運動時空がある。このふたつが平行にあるとしたら、その間に存在世界がある」

 小さい円はパイプを表していた紙を引っくり返した。グースベリーは線を二本、平行に並べた。上が思考時空の線、下が運動時空の線。そのあいだが存在世界。エナガは必死にグースベリーの話を聞いていたが、アトリはそっぽを向いていた。ヒクイはアトリの頭を掴み、無理矢理グースベリーの方へ向かせた。

「運動時空はどうやっても入れない。もし入れたとしても、未来に向かって一方通行で、逆走できんといわれている。けれどなぜか、音と光は逆走できるといわれているが、人間が意図的にそれを操作することは不可能だ。だからタイムトラベルは思考時空から行く。思考時空は逆走できる。過去へ行けるってことだ」

「それで?」

 ヒクイが続きを促す。

「おわりだ」

 グースベリーはペンを投げた。

「ハイスクールでも、ここまでは教えないだろう?」

「勉強になったな。お邪魔しました」

 アトリが立ち上がる。ヒクイはとめなかった。アトリはあっと、呟いた。

「そういえばあんた、世界機構に目を付けられたひとことって、なんだ?」

 ふいうち過ぎるアトリの言葉に、エナガはぎょっとした。

「再認の追加」

 グースベリーはさらりと口にした。エナガはその言葉をうまく頭の中で変換できなかった。

「なんて?」

 エナガが聞き返す。

「再認の追加、だ」

 エナガは記号みたいな言葉だと思った。

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