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ウォッチアウト  作者: ヒルマ・デネタ
第一章 時計の町
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「いつのまにこんな広い部屋借りたんだよ」

 ヒクイの隠れ家はマンションの二階にあり、縦に長い部屋だった。玄関に入ってすぐ左に、黒の革張りのソファが置かれていた。そしてキッチンがあり、その向こうにダブルベッドが壁に寄せて置かれていた。ベッドの向かいには、大きな窓、ベランダがあった。

「仕事で使うんだよ。エナちゃんそこのソファ座って」

「あ、はい」

 エナガはソファの端に浅く遠慮気味に座った。白いキャップをとると、髪が落ちる。乱れた髪をエナガは手で整えた。エナガの隣にアトリが大股を広げて、座った。エナガはからだを固くする。緊張がほぐれない。アトリもエナガが困っているのがわかったが、わざわざなにかいう必要はないだろうと黙っていた。エナガは話しかけられても会話できる自信がなかったが、沈黙もまた息苦しかった。ヒクイはキッチンテーブルにおかれた黒電話で誰かと話してした。電話を切るとヒクイは「今日はもう動かない方がいい」と、木のスツールを持ってきて、ふたりの前に座った。

「なんでだよ。早く片づけた方がいいだろう、ニオとの約束もあるし」

 アトリが反対する。

「バンだよ。文字通り血眼で俺たちを捜しているらしい。仲間も多いし、ああいう奴らの情報網はすごいからな」

「けっ、ガキの正義感ほどめんどうなもんはないぜ」

アトリはソファに背をあずけた。

「とりあえず、いまは計画を立てよう。オークロたちより先に操縦室の入り口を見つけないとね。それも目立たず、不自然にならないように。バンたちにも見つからないようにね」

「注文が多いな。まあ、とりあえず観光客になりすまして、」

 アトリは今朝すれ違ったカップルの会話を思い出し、手を叩く。

「あ、あれだ。未来人歴史ツアー。あれに紛れれば、街をうろちょろしても怪しまれない」

「へぇ、アトリにしては冴えてるな。めずらしい」

「いちいち癪に障るな、お前」

 アトリがむくれるがヒクイはいつものように笑って流すと立った。

「ツテがあるからさ、明日の朝のツアーどこかにねじ込んでもらうよ」

「じゃあ、とりあえず今日は休息か」

 アトリがあくびをしながら背伸びをして、ソファから腰を上げた。

「俺昨日あんまり寝てないんだ。ベッド借りるぞ」

「ああ」

 ヒクイは答えながらダイヤルを回す。アトリは背中から銃を抜くと、サイドテーブルに置き、ベッドに仰向けに倒れた。

「あの、」

 エナガもソファから立ち上がる。

「お手洗いをお借りしても、」

「ああ、洗面所の中にドアが、ああ、もしもしジュニパーです」

 説明の途中で相手と繋がってしまい、ヒクイは指で部屋の奥を指差した。エナガは奥に向かって歩く。ベッドに倒れたアトリはもう、瞳を閉じていた。ベランダの大きな窓から降り注ぐ日差しが、アトリの赤髪と戯れるように照り返す。色素の薄い長いまつ毛も、日差しのせいで透明に見えた。口を開けば、言葉がガサツで繊細さとはかけ離れているが、ベッドに横たわるその姿は太陽に寵愛された天使のようだと、エナガは思った。アトリに見惚れていることに気がついたエナガは、顔を赤くし、逃げるように洗面所に入ってドアを閉めた。

 ヒクイが受話器を置く。

「三人分、チケット取れたぞ」

「ああ」

 アトリは眠っていなかった。まぶたをあけ、白い天井を眺めた。ふたりは無言のなかにお互いの思考を読みとった。

「俺にはお前の考えていることがわかるぞ」

 アトリがつついた。

「お互いさまだろう」

 また無言の中に潜る。そのなかにあるのは、遠慮か、疑いか、恐怖か。もうこれ以上は潜れないと、先にヒクイが痺れを切らした。

「エナちゃんがいて、ジソウを取り戻して、操縦室を見つけられれば、タイムトラベルができる。俺たちの過去にいける。そしたら、」

「そしたら?」

 アトリは起き上がっていた。ヒクイの青い瞳の光を吸い込むように、目でとらえる。ヒクイは、目を逸らさなかった。

「忘れている記憶を取り戻せるかもしれない」

 アトリは緩やかな瞬きをして、まつ毛を伏せた。ヒクイは、時々見せるこういうアトリのものうい感じが、妙な色気を感じ、背筋をこそばゆくさせた。

「かもな」 

 アトリはあっさりいって、またベッドに倒れて天井を眺めてから、でも、と続けた。

「そんなことしねぇぞ。うっかり魔がさしてもそんなことさせない。嫌な大人になってるんだったらさ、嫌な過去を思い返して反省とかしなけりゃいけないんだろうけど、俺ら結構いい男になってるだろう?だから思い出さなくて大丈夫さ」

「お前が大人を語るなんてな、アトリ」

「嫌な大人だなー。タイムマシンに乗せるぞ」

「乗るつもりはないさ」

「ならよかった」

 アトリは瞳を閉じて次こそ眠ろうとした。ヒクイはエナガのために飲み物をと、冷蔵庫を開けた。ふたりはドアの向こうで会話を聞いてしまったエナガのなんともいえない不安を、知らない。


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