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ウォッチアウト  作者: ヒルマ・デネタ
第一章 時計の町
11/27

2-1

(二日目)


「おい、ヒック」

「なんだ?」

「目立たないように、だったはずじゃなかったか?」

「そのつもりだよ」

 次の日、エナガたちは未来人歴史ツアーに朝から参加した。ヒクイは黒いサングラスに、似合わない青のアロハシャツに、似合わないチャコールグレーのハーフパンツ。アトリは赤髪を隠す黒髪のウィッグに、ピンクの丸いサングラス。白いTシャツに黒のスキニーパンツ。エナガは昨日、イエに借りた白のキャップに髪をまとめて隠し、水色のシャツに、だぼだぼのデニムを履いた。腕時計は目立つからと、デニムのポケットにしまってある。その異様な組み合わせの三人の周りに、わらわらと白のセーラー服を着た子どもたちが沢山いた。子ども達は紛れ込んでいるアトリたちを不思議そうにちらちらと見てきた。どうやら、市外からきたサマースクールの子どもたちのツアーにねじ込まれたようだった。ブロンドのボブのガイドのお姉さんがアトリたちに申し訳なさそうにかけ寄ってきた。

「すいませんね。博物館があの事件の関係で今日も閉館で。それでツアー客増えちゃったんです」

 チャボと連絡がつかないせいもあるかもしれないとエナガは思った。

「大丈夫ですよ。急な予約でも取れてよかったです」

 ヒクイが社交辞令でほほえんだ。

「そういっていただけると助かります。ちょっと説明が子ども向けになりますが、ご了承くださーい」

 ガイドは念押しして戻っていった。

「全然、大丈夫じゃないだろう。悪目立ちしすぎだろう」

 アトリが文句を垂れる。

「引率の先生に見えるかもしれないだろう」

「見えるか?」

 アトリがエナガに振る。エナガは黙って申し訳なさそうに顔を背けた。

「俺が悪かった」

「素直でよろしい、お兄さま」

 未来人歴史ツアーは「12」のレリーフの前から始まる。ハーリキン市の街の端には「1」から「12」のレリーフがある。ハーリキン市は時計盤の模した丸いかたちをしている。ハーリキン市の中央には日時計。そこから一時通りから十二時通りまで、十二本の通りがある。一時通りのいちばん端に「1」のレリーフ。二時通りのいちばん端に「2」のレリーフといったようになっている。

「本日は、ハーリキン市未来人歴史ツアーにご参加いただき、ありがとうございます。さて、ここハーリキン市についてなにか知っている子はいるかな?いたら手を上げてね」

 子どもたちがはいはい、と元気よく手を上げる。アトリは苦笑する。

「子ども向けっていうのはわかりやすくていいと思う」

 ヒクイが慰めに呟くが、アトリは無視した。眼鏡をかけた男の子がガイドにあててもらった。

「未来人がつくったまち!」

「はい、大正解です!」

 ガイドは必要以上に、大げさに盛り上げる。

「ここ、ハーリキン市はタイムトラベルしてきた、つまりタイムトラベラーである未来人がつくり、住んだ街です。詳しいことはわかっていませんが、先に数人の未来人がやってきてこの膨大な土地を買い、あとから大勢の未来人たちが戦火を逃れるために、過去に移住し、ハーリキン市をつくったといわれています。未来人は、今のわたしたちから見ると、過去の人々です。ややこしいですね。ちょっとここで丁寧に説明したいと思います。未来人が元々いた時代は、今から約百四十年前だといわれています。そしてハーリキン市ができたのは、それからさらに百三十年前になります。だから今から約二百七十年前からハーリキン市はあり、現在存在している中で、世界最古の街だといわれています」

 子どもたちから「すごい」と歓声が上がる。ヒクイも子どもに合わせてすごいと声をあげてみたが、アトリは黙って聞いていた。

「そうです、すごいんですが、この街はとても悲しい歴史を持っています。ここは負の遺産といっていいでしょう。ハーリキン市周辺の住人たちは親切で優しい未来人の人々を歓迎しましたが、戦火から逃れるためにタイムトラベルしてきたということを知ると、自分たちの将来に不安を抱きました。未来人は過去の人々にけして未来について教えることはありませんでした。それが規則だったのです。そんな未来人に不安を募らせた、過去の人々の中の反乱分子の人々が、ハーリキン市に火をつけました。これが悲しい歴史、未来人虐殺事件です。しかし、未来人がいっていた戦争は起きることなく、未来人がいた約百四十年前に、タイムトラベルのためブラックホールをつくろうとしたさい、計算を間違え、木星を傷つけてしまい、それが原因で地球に隕石が落ちてきて、地球の人口は十分の一以下になってしまいました。この歴史が、タイムマシンの製造、タイムトラベルの禁止の理由になっています。未来人がいっていた、戦争は嘘だったのです。間違いだったともいわれています。さて、ここで、タイムパラドックスについて知っている子はいるかな?」

 さっきの勢いはなく、子ども達は顔を見合わせ、周りを見る。そこでヒクイが手を上げた。アトリとエナガは驚く。

「じゃあ、そこの大きなお友達」

 アトリがふき出す。ヒクイは構わず涼しい声で説明した。

「過去に戻ると、因果律が破綻します。原因と結果の時間順が逆になってしまうということです」

 子どもたちはヒクイを見上げたまま、きょとんとした。ツアーの空気は一瞬にして白けてしまった。ガイドの笑みも固く凍っている。

「……大きなお友達さんはかしこ過ぎて、ちょっと難しいですね」

 ガイドは嫌味を含んだフォローをする。ヒクイは涼しい顔をしていたが、アトリとエナガは一緒にいるのが恥ずかしくなった。

「お兄さんがいった、因果律っていうのはね、原因は過去にあって、結果は未来にある。だから、未来は過去に影響を与えない、という破ることのできないこの世界のルールのことです。これをわかりやすく例えた怖い有名なお話があります。親殺しのタイムパラドックスといいます」

 子どもたちは、はしゃぎ悲鳴を上げる。ガイドは子どもたちの反応を楽しむように話をはじめた。

「簡単なお話です。ある息子が、自分を産む前のお母さんを殺すために過去に戻ります。さて、そうすれば、お母さんを殺しにいった息子の存在は消えてしまうのでしょうか?これは未来が過去に影響を与えてしまっていますね。ルールを破っています」

「答えは?」

 女の子がおそるおそるとガイドに尋ねた。

「わかりません」

 ガイドは笑顔できっぱりいった。女の子はほっとしたような、腑に落ちないような微妙な顔をした。

「けれど、有名な言葉があります。未来は過去にあり、過去は未来にある。今日という日からいちばん遠いのは、昨日である。この言葉が意味するのは、時空間はフラフープのように一周しているということです。そしてわたしたちの世界はまだ、一周もしていないのです」

「めっちゃでかいフラフープ!」

「けど、そこまでわかってるなら俺らでもタイムマシンつくれるんじゃない?」

 興奮する子どもたちにガイドは腰に手をあて、演技かかった動きでゆっくりと首を振った。

「理屈がわかっていても、それだけの技術と材料が今のわたしたちにはないのです。もし、この先君たちがタイムマシンを見つけても乗っちゃダメよ。もし、乗っちゃったら、時間犯みたいに捕まっちゃうぞ!」

 子どもたちがまた悲鳴を上げてはしゃぐ。

「けど、今でも宇宙には未来人がタイムマシンから無線連絡したときに飛ばした電波が漂っているといわれています。五十年ほど前にキッチンのラジオから、タイムトラベラーの声が聞こえてきたという話があります。逆に、わたし達が飛ばした電波を未来人が受信することもありえないことではない、と。もしそんなことがあったら、お姉さんにお手紙で教えてくださーい」

 子どもたちが「はーい」と元気よく一斉に返事をした。

「それではやっと、レリーフについて説明したいと思います。ハーリキン市はアナログ時計を模したかたちになっていることで有名ですね。そのため、未来人たちは常に腕時計を身に着け、それをコンパスの代わりにもしていたそうです」

 エナガはそっとポケットの上からチャボの腕時計を触った。

「レリーフはシンプルな造りになっています」

 数字のレリーフは真っ白な長方形で、上半分に、円をつくるくぼみがあった。その円の中に数字が彫られている。

「そして、この円の輪郭のくぼみの中に、球体がありますね」

「12」のレリーフの窪みにはちょうどてっぺんに、その球体はあった。

「この球体はそれぞれの文字盤での自分の位置を示しています。さて、これから遊歩道を歩いて、街を一周するので、他のレリーフも確かめてみましょう」


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